ノンテクニカルサマリー

中央銀行にはどの程度の裁量を与えるべきか? 私的情報下のニュー・ケインジアン・モデルを用いた検証

執筆者 脇 雄一郎 (クイーンズランド大学)
Richard DENNIS (グラスゴー大学)
藤原 一平 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 高齢化等の構造変化が進展する下での金融財政政策のあり方
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「高齢化等の構造変化が進展する下での金融財政政策のあり方」プロジェクト

消費者や企業がフォワードルッキング、すなわち、将来の経済情勢を睨みながら足もとの消費や価格を決定するような経済では、政策へのコミットメント(約束)を通じて、経済厚生を高めることができる。たとえば、経済にプラスのショックが加わった場合に、中央銀行が、「引き締め気味の金融政策を長期にわたり継続する」ことにコミットできれば、経済主体は、これを所与として将来の経済情勢の見通しを変更し、ひいては足もとの消費行動や価格設定行動も変化させることとなる。高いインフレ率が続くような国では、長期的な引き締めにコミットメントするような政策が、インフレ率を沈静化させるはずである。

たしかに、こうしたコミットメントにより、今期の(期待)インフレ率やGDPは低下する。しかし、実際に翌期になると、すでに、前期のコミットメントを通じて、インフレ率やGDPが十分に低下しているため、約束を破り、今期の経済情勢により大きく反応するような金融政策を行う誘因にかられてしまう。いわゆる、動学的不整合性の問題が生じる。このように将来の約束が現在のパフォーマンスに影響を与えるような状況下では、動学的不整合性の問題が発生しがちとなる。たとえば、子供に勉強をさせるために、「次の試験でよい成績であれば、お小遣いを増やす」というような約束を考えてみよう。子供はこの約束を信じ、猛勉強し、よい成績をとったとする。この時、子供がすでによい成績をとってしまった後では、親はお小遣いを増やすインセンティブを持たなくなってしまう。こうした動学的不整合性が予見されると、子供は最初から勉強しないこととなってしまう。

これまでの先行研究によると、中央銀行に何らかの形で政策にコミットさせることが望ましい、ことがわかってきた。一方で、例外が生じるのは、民間主体が知り得ないような(正確な)私的情報を中央銀行が保有しているケースということもわかってきた。フォワードルッキングな経済主体を前提にすると、上述のように、コミットメントからの長期的ゲインは存在するが、私的情報に応じて、過去のコミットメントから幾分か逸脱すること(裁量)によって、短期的に経済厚生が高まるかもしれない。

私的情報が存在する下での、コミットメントと裁量との間のトレードオフ問題は、これまで、フォーマルな理論的モデルを用いて考えられることが少なかった。本稿では、金融政策に関する研究において、標準的な分析ツールとなったニュー・ケインジアン・モデルの枠組みで、インフレ率と経済変動の安定を目指す中央銀行にとって、最適な裁量の度合いがどのようなものになるかを模索する。具体的には、中央銀行の行動に何らかのルールを課すことによって、最適な度合いで信認を担保できるような動学的メカニズム・デザイン問題を考える。

分析から、最適な裁量の度合いは時間を通じて変化し、動学的不整合性問題が厳しくなればなるほど小さくなることがわかった。すなわち、インフレ率が目標から大きく乖離しているような状況では、私的情報に応じて政策を変化させることからのメリットは小さくなるため、コミットメントから逸脱することは望ましくない。このため、正確な私的情報を持っていたとしても、中央銀行に完全な裁量は与えられるべきではない。

一方で、裁量を全く与えないような情況も一時的であること、すなわち、ある程度の裁量が中央銀行に与えられるべきであることもわかった。逆に、インフレ率が目標水準に近いような状況では、私的情報に応じて政策を変更することの相対的なメリットは大きくなる。

こうした状況の下では、最適なバランスは、経済情勢に応じてインフレ率の上限と下限を決めるようなインフレーション・ターゲットによって再現できることもわかった。実際に、インフレ目標政策といっても、目標を常にポイントで設定せず、レンジで捉える国も多い。本研究は、このようなインフレ・ゾーン・ターゲットに一定の理論的な根拠を与えるものと考えることもできる。

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