執筆者 |
長岡 貞男 (ファカルティフェロー) 山内 勇 (研究員) |
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研究プロジェクト | イノベーション過程とその制度インフラの研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「イノベーション過程とその制度インフラの研究」プロジェクト
本稿では、イノベーションの科学的な源泉を把握するために行った発明者サーベイの結果を報告する。サーベイは、(1)日本における発明への科学知識の貢献についての体系的なデータを得ること、また、(2)引用による先行技術文献の開示と実際の知識フローとの関係を検証するための体系的なデータを構築することを目的としており、843名の発明者の方の協力を頂くことができた。対象発明は日本と欧州に(そして大半の場合米国にも)特許出願されている発明である。
主要な知見は以下の通りである。
(1) 約4分の1の発明において、研究開発開始時から過去15年程度の間に新たに利用可能となった科学技術文献や研究機器・試料が無ければ、研究開発自体の着想自体が無かったか、あっても実施が非常に困難であった。研究機器・試料は文献とほぼ同じ頻度で必須であった。他方で、大学や国公立研究機関との直接的な連携が、研究開発に必須であった頻度は低い。全体の約3分の2の発明で、科学的な研究成果が、発明の着想あるいは実施を加速させる効果があった(下表1参照)。なお、大学などとの共同研究の7割以上において、研究者の学術論文や学会報告が重要なきっかけとなっており、学会活動が産学官連携の促進に大きく貢献していることが示唆される。
着想・実施に必須 | 着想・実施を加速 | |||
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N | % | N | % | |
1. 科学技術文献 | 145 | 17.5% | 465 | 55.1% |
2. 研究機器・試料 | 140 | 16.9% | 433 | 52.3% |
3. 大学・公的研究機関 | 23 | 2.7% | 50 | 5.9% |
上記1、2、3のいずれか | 223 | 26.5% | 544 | 64.5% |
(2) 日本における発明の着想や実施に重要であった科学的源泉の多く(対象発明の6割から7割)は国内で創出されていた(研究者や企業が国内に所在していた)。

(3) 多くの発明において、当初から複数の産業での活用が見込まれており(平均で2.2産業)、また当初予定されなかった産業分野でも活用されている(平均で1.6の新たな産業で活用)。重要な科学的源泉を持つ発明の方が活用産業数は大きい傾向にある。
N | 1発明当たりの活用産業数 (平均値) | N | 見込んでいなかった産業/見込んでいた産業 | |||
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見込んでいた産業 or 見込んでいなかった産業 | 見込んでいた産業 | 見込んでいなかった産業 | ||||
全発明 | 843 | 3.81 | 2.24 | 1.57 | 808 | 0.88 |
重要な科学的源泉を持つ発明 | 185 | 4.31 | 2.69 | 1.63 | 181 | 0.85 |
(4) 引用文献の媒体が特許文献の場合は、従来技術の箇所で引用されるものが多く(66%)、非特許文献の場合は、発明の開示の箇所で引用されるものが多い(60%)。なお、重要な科学的源泉に限れば、非特許文献も従来技術の箇所で引用されることの方が多く、研究開発の着想・実施に関する文献は従来技術の箇所で開示されることが多い。
対象発明 | 引用件数 | 特許出願1件当たりの引用数 | 従来技術で引用(%) | 発明の開示で引用(%) | |
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非特許文献 | 5289 | 7617 | 1.4 | 40.2% | 59.8% |
特許文献 | 5289 | 20255 | 3.8 | 65.9% | 34.1% |
(5) 発明の着想や実施に重要な科学的成果と、発明者引用(当該発明の新規性・進歩性の判断に重要な文献や発明の開示に有用な文献)は一致しない場合が多い。発明の着想・実施に重要な科学技術文献が存在する発明で、それが特許の明細書に引用されている頻度は15%であり、また、非特許文献を引用している発明が、実際に研究開発の着想・実施に重要な科学技術文献を引用している頻度は16%と低い。発明の着想・実施に重要であった科学技術文献は特許の出願年と比較して5年程度過去のものが多いのに比べて、引用文献全体では発行年と出願年の間のラグは1年と新しいものが多い事実とも整合的である。
発明の着想・実施に重要な科学技術文献が存在する発明 (N=185) | 非特許文献を引用している発明 (N=176) | |
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着想・実施に重要な科学技術文献を引用している発明 (N=28) | 15% | 16% |
以上の結果は、イノベーションを促進するうえで、公共財としての科学的研究成果の公刊が重要であることを再確認させるとともに、研究基盤としての科学的な研究成果を体化した研究機器や研究試料産業の発展の重要性を認識させるものである。また、発明者引用には知識フローの指標として大きな限界があり、サーベイなどによる直接的な同定の重要性も示唆される。