執筆者 | 小林 慶一郎 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 公的債務とデフレを中心としたマクロ経済政策の分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「公的債務とデフレを中心としたマクロ経済政策の分析」プロジェクト
Reinhart, Reinhart and Rogoff (2012) は、「公的債務の累増が経済成長を阻害する」という因果関係の存在を主張している。さらに、Reinhartたちの26の高債務事例のうち、日本の過去20年間を含む10の事例では、金利が低下するか、あるいは不変であったということが報告されている。たしかに、日本ではバブル崩壊後の過去20年間、実質金利はそれ以前の時期に比べて低い水準で安定していた。低成長の時期に金利が上昇しないということは、通常のクラウディング・アウトのメカニズムがはたらいていないことを示唆している。つまり、財政の悪化は、なんらかの間接的なメカニズムで民間経済主体の需要を減退させ、民間経済活動を非効率なものにしている可能性があると考えられる。筆者はパブリック・デット・オーバーハングの新しい理論モデルを考察した。基本構造は生産的な企業家と労働力を供給する労働者(家計)から成る経済で政府が再配分政策を行うモデルである。政府は企業家に税額Tを課税し、労働者に補助金Sを支払う。税収の残りT-Sは、公的債務Bの利子支払いに充てられる。このとき、企業家が借入制約に直面していると、BとTとSの増加は、経済の総生産量Yを減少させることが示される。グラフは、S=0.5T に固定されたケースで、Tを増加させた場合の総生産Yなどの推移である。グラフでは、Tの増加にともなって公的債務Bが増加し、それと同時に、金利r(グロスの数字であることに注意)と総生産Yが両方とも低下していくことが示されている。
理論モデルから次のようなことがいえる。
1) 公的債務(国債)は、流動的な資産として有益な機能を持つので、公的債務の増加はそれ自体としては経済成長を促進する効果(流動性供給効果)を持つ。
2) 財政政策によって、生産的な経済主体に課税し、労働者セクターに対して補助金が支払われると、所得が増えた労働者が労働供給を減らす(所得効果)。その結果、賃金率が上がり、高生産性企業は生産を減らす。また高生産性企業の借入需要も減るので、市場金利も低下する。
3) あるパラメータの値では、上記の2つのうち負の効果が支配的になり、財政の悪化(公的債務と補助金の増加)は生産と市場金利をともに低下させる。
この理論モデルは、長期不況の一因は財政悪化である、という仮説と整合的なシミュレーション結果をもたらした。公的債務の増加だけからは、慢性的な不況は生じないかもしれないが、社会保障給付の増加などの大きな再配分政策で富が高生産性企業のセクターから労働者セクターに移転すると、そうした長期不況がもたらされるおそれがある。したがって、経済成長を回復するためには、公的債務の残高を減らすことそれ自体というより、労働者セクターへの所得再配分の度合いを低下させることが必要だと考えられる。具体的には、家計セクターが財政を支える度合いを高めるため、社会保障給付の削減や、社会保障給付の受益者層に対する課税を強化することが経済成長率を向上させるうえで有効かもしれない。このような政策的含意は今後の日本の税財政政策に関して重要な意味を持つかもしれない。パブリック・デット・オーバーハングの仮説について、今後さらなる研究により、仮説の検証を進めることが必要である。