ノンテクニカルサマリー

ビジネスネットワークが零細企業クラスターの成長に与える効果-エチオピア農村地域における実証分析-

執筆者 石渡 文子 (東京大学)
Petr MATOUS (東京大学)
戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析」プロジェクト

サハラ以南のアフリカの最貧国においても、近年は持続的な経済成長が見られる。とはいえ、それは主に大都市部の成長によるもので、農村部においてはいまだに所得の停滞が顕著である。このような農村部の貧困を改善するには、大都市への人口の集中を加速化するよりも、むしろ農村部における中規模都市での非農活動(製造業・サービス業)を拡大することが効果的であることが知られている(Christiaensen and Todo, 2013; Christiaensen, Weerdt, and Todo, 2013)。他方で、産業の発展には、地域内における企業の集積が有効であることも知られている。しかし、最貧国の農村部都市では、産業の集積が企業および地域経済の発展に十分に有効に作用していないことが多い。

このような背景を踏まえて、この研究では、最貧国の農村部都市の企業集積において企業の売り上げや技術レベルが成長する要因を、特に企業間のネットワークの役割に着目して実証的に分析した。対象として、最貧国の1つであるエチオピアの農村部にある人口約7万人の中規模都市を取り上げ、その都市の中心部に集積する縫製業企業136社に対して3年にわたって企業調査を行った。なお、「縫製業企業」とはいえ、その約半数の経営者が単独でミシン1台で行う「仕立て屋」であり(写真参照)、その年間売上高の中央値は5万円程度で、生存のためにぎりぎりの所得にしか過ぎない。これらの企業に対して、調達、製造委託、資金供与などの協力関係にある企業名を尋ねることで、この集積地における企業ネットワークを網羅的に把握した(図参照)。さらに、実際に試験的な縫製を依頼することで、各企業の縫製技術のレベルを指標化した。

仕立て屋の写真(左)と集積地における企業ネットワーク図(右)

このような企業調査に基づくデータを利用した定量的な分析の結果、協力関係にある企業が多いほど技術レベルが高く、売上高も大きいことが示された。この結果は、最貧国の農村地域のインフォーマルな零細企業においてもビジネス・ネットワークが成長に効果的であることを示している。

ところが驚くべきことに、技術レベルと売上高の間にはっきりとした関係は見られず、技術レベルが高い企業ほど売上高が大きいわけではないこともわかった。この事実が示唆するのは、農村地域の市場においては必ずしも品質の高い製品が求められているわけではなく、したがって高い技術によって高い品質の製品を供給しても必ずしも売り上げを増やすことができないということである。このような状況においては、企業が技術レベルを高めるインセンティブが低く、そのことが農村地域企業の技術進歩を阻害していると考えられる。したがって、農村地域において産業集積の効果をフルに活用するためには、農村地域企業と高い品質を求める大都市の消費者とを結びつけることで、農村地域の企業に品質を向上させるインセンティブを与えることが必要である。

したがって、最貧国に対する政府開発援助(ODA)による技術支援プロジェクトが農村地域の企業を対象にする場合、単に技術指導をするだけでは十分ではない。技術支援とともに、農村地域企業と都市部の消費者を結びつけるような支援、たとえば都市の商人を農村地域に招き、展示会を行うといったネットワーク支援を合わせて行うことが必要である。

このようなネットワーク支援(つながり支援)が重要なのは、最貧国の農村地帯だけではない。本研究の著者の一部は以前に発表したRIETIディスカッション・ペーパーにおいて、日本の企業は海外進出によって生産性を上昇させるが、潜在的に競争力のある企業(特に中小企業)であっても海外進出できていないことが多いこと(Todo and Sato, 2011; 戸堂, 2012)、東日本大震災後に、被災地内外に多様なサプライチェーン・ネットワークをもつ被災地企業の復旧が比較的早かったこと(戸堂, 中島, Matous, 2013)を示した。つまり、日本においても地方と大都市の企業をつなぐような展示会・商談会支援、日本企業と海外をつなぐような海外進出支援は日本の経済成長を促すと考えられるが、本研究の成果はこれらの政策的示唆が最貧国農村地域についてもあてはまることを示している。

参考文献