ノンテクニカルサマリー

中小企業金融における信用リスクデータベースの役割

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「中小企業の審査とアジアにおけるCRD中小企業データベースの構築による中小企業・成長セクターへの資金提供」プロジェクト

中小企業は、先進国、新興経済国を問わず、新しいビジネスや雇用の創出において大きな役割を果たしている。中小企業を活性化するためには、資金調達の円滑化を図ることが重要なポイントの1つである。東南アジア諸国連合(ASEAN)では、2015年のアジア経済共同体の創設において「中小企業は事業所の96%以上、雇用の50~95%、GDPに対する寄与度30~53%、輸出に対する寄与度19~31%を占めており、域内諸国の持続的かつ広範な経済・社会の発展の基礎を形成している」(注1)と述べ、中小企業金融の円滑化を重要な政策課題の1つとして掲げている。

中小企業金融が円滑に行われない理由の1つとして、中小企業の信用リスクに関する情報の不足に起因する情報の非対称性が挙げられる。中小企業の場合、貸し手である金融機関にとって借り手としての中小企業に関する財務や経営に関する情報が不足しており、貸し手と借り手の間に信用リスクに関して情報ギャップが存在する。

こうした信用リスクに関する情報ギャップを縮小させる工夫は色々と存在する。たとえば、民間の信用調査機関や格付会社は信用リスクに関する情報を提供しているが、これらの機関や会社は財務諸表等の信用リスク情報が入手し易い大企業や中堅企業を対象とする場合が多く、信用リスク情報の入手が容易でない中小企業は余り多く含まれない。

こうした中、BISの自己資本比率規制において信用リスクを客観的に計測する方向が強まる等の動きもあって、2000年代前半に信用リスク情報のデータベースを構築する機関が相次いで設立された。2000年には日本で最初の信用リスクデータベースである日本リスクデータバンクが設立された。2001年には、中小企業に特化した信用リスクデータベースとして、中小企業信用リスクデータベース運営協議会(のちにCRD協会となる)が、その後2004年には地方銀行や信用金庫の業界内信用リスクデータベースも設立された。

本ペーパーでは、中小企業に特化した信用リスクデータベースとして設立されたCRD協会の活動を分析することによって、中小企業金融における信用リスクデータベースの意義、役割について考察する。

CRD協会の信用リスクデータベースは、中小企業の信用リスクデータを大量に蓄積している点に特色がある。CRD協会では、会員である信用保証協会と金融機関から匿名化された顧客に関する財務データ、非財務データ、デフォルトデータを収集し、それらのデータを蓄積しデータベースを構築している。CRD協会は、構築されたデータベースを使って統計的な分析を行い、地域や業種等の属性が共通する中小企業グループの平均的な倒産確率等信用リスク指標を構築し、加盟している保証協会や金融機関に提供している。金融機関等が、こうした信用リスク指標を共通の物差しとして使用することによって、中小企業金融において信用リスクに見合った適正な金利の設定、担保に依存しない融資の拡大、あるいは信用リスク評価の標準的な手法の提供等が期待されている。

CRD協会が提供する信用リスク指標は、金融機関と顧客との間の長期の関係を前提とする関係依存型金融(relationship banking)、個々の取引の採算を重視する取引依存型金融(transaction-based banking)のいずれにおいても重要な役割を果たしている。

たとえば、関係依存型金融においては、信用リスク指標という客観的な基準の提供によって、金融機関が行う信用リスク審査がより客観的な基準を踏まえた適正なものとなると同時に、審査時間も短縮される。また、信用保証協会は、2006年に信用リスク指標を利用し信用リスクによって保証料率を変動させる画期的な信用保証料率システムを導入した。

一方、取引依存型金融においては、金融機関が信用リスク指標を用いて構築されたスコアリングモデルを利用して、貸出債権の倒産確率を推計し、推計された倒産確率をベースに貸し出しの判断と貸出金利スプレッドの決定を行うスコアリング貸出が2000年代前半から急速に拡大した。更に、中小企業が貸出担保証券や社債担保証券等の資産担保証券の発行を通じて資金調達を行うとする場合、信用リスク指標はプールされた中小企業の借入や社債のポートフォリオの平均的な信用リスクを評価することに用いることができる。実際、2000年3月に東京都が創設した中小企業の資金調達のための新債券市場において、CRD協会が作成した信用リスク指標が利用されている。

信用リスクデータベースは、金融の根本的な問題であり、中小企業金融においては特に重要な資金の出し手と取り手の間の情報の非対称性を軽減することに一定の役割を果たし得る情報インフラである。こうした情報インフラは必然的に公共財的な性質も持つものである。中小企業金融の円滑化のために、信用リスクデータベースを今後一段と拡充していくためには、民間部門と公共部門の協働を再考する時期に至っていると思われる。

CRDデータベースの仕組み

脚注

  1. ^ "2010 ASEAN Strategic Action Plan for SME Development (2010-2015)" endorsed by Economic Minister in D Nang, Vietnam on 25 August 2010, p.3.