ノンテクニカルサマリー

WTO協定における文化多様性概念-コンテンツ産品の待遇および文化多様性条約との関係を中心に-

執筆者 川瀬 剛志 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 現代国際通商システムの総合的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「現代国際通商システムの総合的研究」プロジェクト

◎ 本稿の関心と議論の概要

グローバル化による貿易・投資の拡大、そして昨今のインターネットを通じた国際的な大容量情報通信網の発達は、文化コンテンツ産品(映画等のAVソフト、音楽ソフト、書籍・雑誌・新聞等の文字媒体)の国際的拡散を加速した。ハリウッド映画の世界的な人気に象徴されるように、このことにより各国のローカルな文化が脅かされ、グローバル文化≒アメリカ文化による画一化が懸念される。こうした危機感から、ユネスコではこれを保護する法的枠組みとして2005年に文化多様性条約を採択した。

文化多様性条約は、文化コンテンツ産品を単なる経済的価値のある商品としてだけでなく、「個性、価値観及び意義の伝達手段」、つまりはたとえば言語の普及、地域の伝統・価値観の伝達媒体、政治的対話の手段等の役割を果たすものとしてとらえる。このため、同条約は国産コンテンツや、共同製作協定・文化協力協定を結んだ特定国産コンテンツを優遇することで、国民文化の保護を目指す。

しかし、このような文化多様性に関する関心は、必ずしもWTOを中心とした国際経済秩序の中で認知されていない。特に輸入コンテンツ産品への差別的な取り扱いは、最恵国待遇原則(外国産品間の無差別、GATT第1条)、および内国民待遇原則(内外無差別、GATT第3 条)に適合しない。つまり、使用言語や一定の文化的主題が異なるAVソフトでも、競合関係にあるかぎり、国産品・特定外国産品の優遇・差別は許されない。

こうした他の条約レジーム、特に通商協定との対立の調和は、文化多様性条約の起草過程においても最も重要な論点であった。しかし、WTO協定にはこうした文化多様性保護・促進の政策目標を取り込む例外規定が備わっていない。他方、文化多様性条約も他の条約と調和的に解釈・実施されることを定め、同条約が他条約の権利・義務を改変しないことを確認するに留まり、WTOをはじめ通商条約レジームとの積極的な調整を定めるものではない。こうなると、一般的に国際法ではウィーン条約法条約による適用や一部条約当事国間での改正の可能性を探るが、これもWTO協定と文化多様性条約の間で適用できない。

目下のところ、通商協定整合的な文化多様性保護・促進の手段は、輸入コンテンツを差別的に制限する手法ではなく、国内コンテンツ産業に対する補助金・税制を中心とした公的支援策である。このことは「個性、価値観及び意義の伝達手段」としてのローカルのコンテンツ産品およびコンテンツサービスを維持しながら、外国産コンテンツのアクセスへの自由を保証する点で、WTO協定ばかりか文化多様性条約とも整合的である。

◎ 政策的インプリケーション

クールジャパンがアベノミクス「第3の矢」の成長戦略の一角を占め、特にアジアを念頭に置いた我が国のコンテンツ産品輸出やクリエイティブ産業の展開が急務である。クールジャパンは特にTPPほか経済連携協定(EPA)交渉とともに国際展開戦略の一環として位置づけられており、このことは文化政策における通商政策としての側面を強く意識させる。このような我が国喫緊の政策課題について本稿は以下のような示唆を与える。

  • 物品貿易において、コンテンツ産品の文化的要素(言語、扱う主題、制作者等)による国産・特定国コンテンツ産品の優遇はWTO協定整合性を確保できない。このことは文化コンテンツ産品の海外市場進出に強みを持つ我が国にとっては、有利に作用する。WTO協定、またそれに準拠するEPAの物品貿易規律を戦略的に援用して、市場アクセスを確保できるからである。
  • WTO協定適合的な政策オプションとしては、補助金が有効である。豪州、カナダ、フランス、韓国ほかコンテンツビジネス育成に補助金を支出する国は多く、過去に紛争化した事例もない。また、米国ではハリウッドがカナダの映画産業誘致補助金に敏感であるにもかかわらず、ドーハラウンドではコンテンツ産業育成補助金のセンシティビティを認める方向に転換している。この意味において、コンテンツ産業育成中心で海外展開を図るクールジャパンの方向感は妥当である。
  • 文化多様性条約は条約法条約によってWTO協定との適用関係において優位に立つことはない。また、解釈により同条約を勘案してWTO協定の市場における競争関係を中心とした規律の修正を図ることも困難である。したがって、文化多様性条約の批准を通商政策への影響に鑑みて忌避する必要はない。
  • 文化多様性条約は、自国文化の保護・育成に関する主権を重視していることばかりが注目されがちであるが、自由な文化交流や自国・外国の文化に対する公平なアクセスの重要性も同様に重視している。このことは我が国がWTO協定およびEPAを通じて実現するコンテンツ産品・サービスの市場アクセス拡大と矛盾しない。
  • 前2項からすると、我が国はむしろ積極的・戦略的に文化多様性条約に批准の上、我が国のコンテンツの国際的展開推進策に正統性を与えることを検討してもよい。特に文化多様性条約に強硬に反対し、コンテンツ産業の強い政治圧力を背景に市場開放を要求することで文化多様性保護・促進派の国々と対立する米国とは一線を画し、コンテンツ輸入国の文化政策に一定の配慮を示す観点から、望ましいオプションである。
  • YouTubeやアマゾンに代表されるように、インターネット環境は、商品陳列スペース、放送電波帯のようなコンテンツ流通の物理的制約とコストを解消し、またIT・AV機器の低価格化・高性能化は個人のコンテンツ発信を容易にする。このようなコンテンツ流通のオンデマンドベース環境下では旧来の文化多様性保護・促進策は意味を持たない。今後はむしろハードおよびソフトの自由な貿易が多様なコンテンツ供給・取引を増やし、文化多様性に寄与する。この意味において、WTOにおける情報通信協定(ITA)、サービス協定(TISA)、TPPにおける情報通信機器の市場アクセス、電気通信サービス、AVサービス、データ越境移動の自由化を追求することは文化多様性とも親和的である。他方、TPPで米国が実現を図る著作権強化については、ネット環境におけるコンテンツ創造に対する制約になることが指摘されており、クールジャパンにおけるコンテンツビジネス展開の観点から、我が国として妥当な権利保護の水準について検討を要する。