ノンテクニカルサマリー

震災前後における宮城県内の地域ポテンシャルおよび労働分布の変化

執筆者 猪原 龍介 (亜細亜大学)
中村 良平 (ファカルティフェロー)
森田 学 (青森中央学院大学)
研究プロジェクト 持続可能な地域づくり:新たな産業集積と機能の分担
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「持続可能な地域づくり:新たな産業集積と機能の分担」プロジェクト

本稿は、空間経済学のモデルを宮城県の35市町村モデルに当てはめることで、震災前後の地域ポテンシャルおよび労働分布の変化について分析を行うものである。ここでいう地域ポテンシャルとは、各市町村の需要アクセスと供給アクセスから算出される所得と物価水準より求めた労働者の生活水準のことを指す。それにより、震災被害により各市町村の地域ポテンシャルがどの程度減少し、潜在的にどの程度の労働者の流出が起こりうるかを予測することができる。また、震災復興のために建築規制が行われている市町村も多いが、これらの政策が労働者分布にどのような影響があるかを分析することも可能となる。

分析の結果によれば、まず震災後の地域ポテンシャルは平均で10%程度の減少、津波被害の甚大な沿岸市町村では20%以上の減少となることがわかった。これを受けて、市町村間の労働移動をシミュレーションにより分析した結果、労働者は沿岸市町村から内陸の市町村へ移動することが示されるが、仙台市は津波被害の規模にも関わらず、その地域ポテンシャルの高さを反映して労働者数が震災前より増加することがわかった。

図:震災前後の労働者分布の変化予測
図:震災前後の労働者分布の変化予測

つぎに、被害を受けた農地および宅地の復旧の進展に伴う労働分布の変化を分析した結果、全般的な傾向として、一時的に内陸の市町村(とくに市部)に移住していた就業者が、沿岸部に戻ることが確認できる。その際、建築規制の残る市町村では労働者数の回復が遅れることも示された。建築規制地域については、震災後2年を経て規制が解除される地域もあるが、災害危険区域として規制が続く区域も多い。1000年に1度と言われる自然災害への備えとして、こうした規制による地域ポテンシャルの低下とそれに伴う住民減少が見合うものといえるのか、被災地での土地利用の転用などへの実行力のある規制緩和策が必要である。

また、本研究においては、震災被害により沿岸部の各市町村の地域ポテンシャルが減少し、中心地である仙台市への回帰が強まる可能性が示されている。これは成り行きに任せていると、経済力が弱い市町村の活力が震災前に戻らないことを意味しており、市場メカニズムに対する行政施策の必要性を示唆している。政府としては、思い切った規制緩和策と併せて、意図的な人的資本の配置が重要な施策になってこよう。実際、失業保険の給付終了後、被災前と同じ地で仕事が決まった者が多くはない状況を鑑みれば、新しく被災地域に進出しようとする企業への支援、更には、新しい産業の創出を担う人材の育成などが必要となろう。

最後に、今回の震災というカタストロフィ的なショックより、地域の均衡構造が大きく変化する可能性が考えられたが、今回の分析ではそうした均衡構造の極端な変化は見られないとの結論に至った。これは、現実の市町村間の労働分布が、空間経済学の理論で考えられるような明快な中心―周辺構造ではなく、より分散的な特徴を持っていることによると考えられる。つまり、震災のような大きな被害があったにしても、それを起点として累積的に衰退の経路をたどり、市町村が消滅するような事態は考えにくく、被害からの復興により基本的には震災前の状態に回復する可能性が高いといえる。ただし、現実問題として、沿岸漁港などの存続が懸念され、その復興のあり方について議論があることも事実である。こうした問題に対処するための課題として、モデル上での分散力要因の見直しや、地域区分をより細分化した分析、将来的な人口減少を取り入れた分析などが必要となろう。

なお、宮城県自体も開放性を備えており、国内他地域との人口移動の存在を無視することはできない。現実には宮城県全体の実質効用水準は他の非被災地域に比べて相対的に低下することが想像でき、それによる転出超過が生まれている。しかし、現実のデータからはその更に1年後には揺れ戻しによる転入超過が生じており、国内の他地域を所与として扱うことの人口過大推計のバイアスは短期的には比較的小さく留められる。また、宮城県の県境付近の市町村は中心地域へのアクセスが悪いことから地域ポテンシャルが過小評価されることに留意する必要がある。たとえば気仙沼市は、岩手県とのアクセスを考えると、実際には地域ポテンシャルは本研究の分析結果よりも高いと考えられる。