ノンテクニカルサマリー

世界金融危機は東アジア諸国通貨のミスアライメントをどのように引き起こしたか?

執筆者 小川 英治 (ファカルティフェロー)
王志乾 (一橋大学)
研究プロジェクト 通貨バスケットに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「通貨バスケットに関する研究」プロジェクト

2007年から2008年にかけて発生した世界金融危機は、米国経済のみならず、ヨーロッパ諸国の経済にも深刻な打撃を与えた。欧米経済を中心とする世界同時不況は、輸出の減退を通じて東アジア諸国経済にも影響を及ぼした。一方、国際資本移動の変化を通じて、世界金融危機は東アジア諸国通貨の為替相場に対して間接的な影響を及ぼした。その影響は、主として通貨と通貨との間で発生したミスアライメントの拡大に現れていた。

こうした背景の下、本稿の目的は、東アジア地域におけるどの国の通貨が世界金融危機に影響されたのか、また世界金融危機の前後に諸国通貨の間でどのようにミスアライメントが現れたのかを明らかにすることである。バラッサ・サミュエルソン効果を考慮に入れた修正AMU乖離指標を利用して、8つの分析期間について実証分析を行った結果、2005年の半ばまでの2つの分析期間、および世界金融危機が始まった2007年7月から2010年1月までの分析期間において、いくつかの通貨の組合せについて為替相場の間でのミスアライメントが収斂する傾向が見られる。

たとえば、2000年1月から2005年6月までの期間においては、β収斂における統計的有意性が認められた組み合わせの数は502通りのうちの129通りであった一方、σ収斂における統計的有意性が認められた組み合わせの数は502通りのうちの72通りであった(注1)。さらに、β収斂とσ収斂における統計的有意性が同時に認められた組み合わせの数は502通りのうちの32通りであった。しかし、2005年の後半から2007年の半ばにかけての期間を含めた分析期間においては、ミスアライメントが収斂したと認められる組合せの数は大きく減少した。

これらの分析結果から、世界金融危機が発生する前から、東アジア諸国通貨の為替相場変動が不安定化する状態となっていたことがわかる。その原因の1つとして、2005年半ばから行われていたキャリー・トレードが考えられる。キャリー・トレードによる為替相場への影響を考察するため、国際収支表の中の「その他の投資」に注目し、大規模なキャリー・トレードが行われたと推測される日本と韓国に焦点を当てた。

Figure 1に示したように、日本では、世界金融危機が発生する前に、資本が流出していたのに対して、その後、特にリーマン・ショックの後は、世界金融危機によってバランスシートを毀損した欧米の金融機関がキャリー・トレードを引き揚げたことによって急速に資本流入が発生した。一方、Figure 2に示したように、韓国は金融危機が始まる前までに、資本流入が続いたのに対して、その後、キャリー・トレードの引き揚げによって急激な資本流出に見舞われた。こうした通貨のキャリー・トレードとその引き揚げによる大規模な資本移動は各国為替相場に大きな影響を与えていた。

β、σ収斂といった分析手法を用いて、東アジア諸国通貨間の域内為替相場のミスアライメントは収斂するか否かについての検証を行った結果、多くの分析期間においては、東アジア地域における諸国通貨の為替変動は域内他の通貨の為替変動との間に非対称的反応を示していることが明らかとなった。これは、東アジア地域において異なる為替相場制度や為替相場政策が採用されていることに起因する。各国は独自の為替相場政策の運営を行っているため、各国通貨の間に発生するミスアライメントが長期的に収斂せず、為替相場変動には同調性が乏しいと推測できる。一方、東アジア地域における域内貿易は日々拡大しているなか、貿易収支の安定化を図ろうとする東アジア諸国においては、域内為替相場のミスアライメントを早期発見し、それに対処するために、域内為替相場の動きを監視する枠組みを構築する必要がある。同時に、バラッサ・サミュエルソン効果を考慮に入れた修正AMU乖離指標を用いて域内為替相場の動向に対してサーベイランスを行うことが望まれる。

Figure 1. Capital Flow (Other Investments) and Nominal AMU Deviation Indicator, Japan (2005.Q1-2012.Q3)
Figure 1. Capital Flow (Other Investments) and Nominal AMU Deviation Indicator, Japan (2005.Q1-2012.Q3)
Source: International Financial Statistics (IMF) and RIETI online database.
Figure 2. Capital Flow (Other Investments) and Nominal AMU Deviation Indicator, Korea (2005.Q1-2013.Q1)
Figure 2. Capital Flow (Other Investments) and Nominal AMU Deviation Indicator, Korea (2005.Q1-2013.Q1)
Source: International Financial Statistics (IMF) and RIETI online database.

脚注

  1. ^ β収斂とσ収斂とは経済成長論によく用いられる2つの概念である。β収斂は変数の間に存在する収斂性および収斂速度に注目している一方、σ収斂は変数間の分散(平均値からのバラツキの大きさを示す値)の程度が低下傾向にあるか否かに焦点を当てている。