執筆者 |
赤尾 健一 (早稲田大学) 阪本 浩章 (早稲田大学) |
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研究プロジェクト | 大震災後の環境・エネルギー・資源戦略に関わる経済分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「大震災後の環境・エネルギー・資源戦略に関わる経済分析」プロジェクト
2011年3月11日の東日本大震災は多くの人々の命を奪い、今なお社会経済に重い影を落としている。また、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ以来、テロリズムの脅威は世界を覆ったままである。
このような自然災害や人的災害が、経済に長期的にどのような影響を及ぼすのかについて、近年の経験的調査は興味深い結果を得ている。Skidmore and Toya (2002) によれば、気象災害の発生頻度は、人的資本の高蓄積と全要素生産性の上昇、そして長期経済成長と正の関係にある。ただし、地震のような地質学的災害については有意な関係は確認されなかった。Blomgerg et al. (2004) は、テロの発生が経済成長に負の影響を及ぼすこと、ただしそうした影響は戦争や内戦においてはるかに顕著であることを報告している。より最近の結果として、Sawada et al. (2011) は、自然災害および人的災害の経済厚生(1人当たり消費)に及ぼす長期的影響を調べている。分析の結果、災害は短期的には負の影響を及ぼすものの、長期的には正の影響があることを見出している。
このような統計上の発見は、理論的にどのように説明されうるのか、またそのメカニズムは何か。本研究は、内生的成長モデル(最適成長モデル)を用いて、これらの問いに答えることを試みた。
仮想的に2種類の災害を考える。1つは東日本大震災のように非常に稀れだが激甚な被害を及ぼす災害であり、歴史的災害と呼ぶ。もう1つは数十年のタイムスパンの内に、一定回数生じるような災害であり、これを周期的災害と呼ぶ。歴史的災害は、各期間で生じる確率が のベルヌーイ過程で表され、災害が起きればすべての生産要素が一定の割合で減少する。一方、周期的災害は、1期間において物的資本と人的資源をそれぞれ一定の水準まで減じる。これらの災害は各期の期首に生じると仮定する。
一定の仮定の下で、この問題に最適解が存在すること、それは一意的な均斉成長経路に収束することを示すことができる。この持続状態の経済成長率は、消費、最終消費財、物的および人的資本で共通である。この結果およびその他の分析結果から次のことがいえる。
- 周期的災害による人的資源への災害リスクが高いほど、持続状態の経済成長率は小さくなる。ここで災害リスクが高いとは、その発生頻度が高いか発生時の被害が大きいこと、あるいはその両方を意味している。
- 周期的災害による物的資本への災害リスクは、成長のエンジンである人的資本セクターに影響を及ぼさない。その結果、持続状態の経済成長率に影響しない。
- 消費の異時点間代替弾力性が1より大の場合、歴史的災害による災害リスクが高いほど、持続状態の経済成長率は低くなる。一方、代替弾力性が1より小ならば、歴史的災害のリスクが高いほど持続状態の経済成長率が高くなる。
- 周期的災害と経済成長率の収束スピードの関係は、生産の代替の弾力性の値が1より大か小かによって全く逆となる。たとえば、弾力性が大きいケースでは、人的資源の被害が相対的に大きい経済において収束スピードは高くなる。
以上から得られる政策上の含意として、第1に、ヒューマニズムや社会厚生の観点だけでなく、長期経済成長の観点からも、災害に対する人命保護は、財産保護にもまして重要であることがいえる。第2に、ただし長期経済成長は必ずしも高い方が望ましいとは限らない。消費の代替弾力性が1より小の場合、歴史的災害のリスクが高まることは、災害への不安を煽り、人々に将来の災害への備えを促す。その結果、経済成長率は高まるが、現在世代の消費を抑制してその社会厚生を低下させる。このケースでは、予防的災害対策は、長期経済成長率を低下させるが、それは社会厚生の低下を意味するのではなく、各時代の人々がより多くの消費を安心してできる社会になること、それによって通時的社会厚生が向上することを意味する。逆に、消費の代替弾力性が1より大の場合、災害の脅威は人々をして刹那的消費に駆り立てる。このケースでは、予防的災害対策は、社会厚生の向上に貢献すると同時に長期経済成長率を高める。最後に、持続状態への収束スピードは、それが高いほど社会の回復力(resilience)が高いと解釈できる。回復力を高めるために、災害対策として、人的被害と物的被害のどちらの回避により重点を置くべきかは、生産技術に依存し一概にはいえない。