ノンテクニカルサマリー

所得分布と相互作用の効果

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の課題と経済政策Part2-人口減少・持続的成長・経済厚生-」プロジェクト

所得の決定、または所得分配の問題は、経済学においては言うまでもなく、社会保障政策に関連して政治的にも極めて重要な問題であり続けている。それは、時にイデオロギー論争にまでなりうるが、本論文は、いかなる社会が望ましいかという価値論を議論するのではなく、現実に観察される所得分布を生み出すメカニズムはどのようなものか、その普遍的性質を考察し、そこから政策的インプリケーションを導き出すことが目的である。

そもそも所得分布はどのような形をしているのであろうか? そこには年代、国の違いを超えた何か法則のようなものは存在するのだろうか? この点に関して経済学において長い歴史があり、Pareto(1897)やGibrat(1931)をその代表例として挙げることができる。特にGibrat(1931)は所得分布が対数正規分布であることを主張している。驚くべきことに、現代においても所得分布は対数正規分布によってよく近似できることが知られている。つまり、この性質は国の制度や文化に依存せず、経済というシステムの構造それ自体に関わっているのではないかと考えられるのである。これらの観察事実を説明するためのモデルは、これまでにも数多く提案されてきたが、その中では個人の所得は他人の所得に影響を与えず、独立であるという仮定を置いている。言い換えれば相互作用の効果を完全に無視するということであるが、この仮定はあまりにも非現実的である。出稼ぎの例を考えれば分かる通りで、周り(たとえば顧客)が豊かになれば、自身の所得が増えると期待するのは極めて自然であるだろう。また貧困の社会の中で自分1人が豊かになるというのは極めて難しい。では、この相互作用の効果とは一体どのようなものであるのだろうか。直観的には、(1)所得が相対的に低い(高い)人には、所得が増える(減る)可能性が高く、(2)その効果は中心から離れれば離れるほど強まる、という2点が考えられるかもしれない。ところが、本論文では(1)は正しいが、(2)が正しくないということが示されるのである。

この相互作用の効果を図で表したのが、グラフ1である。正(負)の値は相互作用の効果が、その所得の個人に対しプラス(マイナス)に働いていることを表している。上記に述べた(1)については成り立っている事が分かるが、(2)については成り立っていない。相対的に高い所得に対して、中心に引き戻す力が働いているが、その力の大きさはあるところで底を打ち、それ以降は、若干弱まってすらいる。これは、言い換えれば、相対的に著しく高所得であっても、そのままそれを維持することは、さほど難しくないことを意味しているのである。重要なことは、この結論は、何らかの特別な仮定に依っているのではなく、所得分布が対数正規分布に従うという観察事実から導き出されたのであり、普遍的な妥当性を持つということである。

さて、上記の議論が持つ政策的インプリケーションであるが、一期のみの所得の格差ではなく、恒常所得の格差を考えるとはっきりする。中心に戻る力が強ければ、仮に今期、所得が中心から離れていたとしても、比較的早く中心へと戻っていく事が期待できる。つまり、初期値の差異はほとんど恒常所得に影響を与えない。その点から考えれば、格差の是正を目的とした所得税の累進課税等は全く不要になる。しかし、上記で述べた通り、高所得の部分において中心へ引き戻す力は、離れれば離れるほど強まるどころか、逆に弱まってしまう。高所得者はその高所得の状態を維持し続ける可能性が高い、もしくは中心に戻ってくるまでの時間が長くなるということである。これは、恒常所得の格差を是正するためには、高所得者に税負担を重くするという政策が必須であることを意味し、本論文はその理論的な根拠となっている。

グラフ1:相互作用の効果
グラフ1:相互作用の効果