ノンテクニカルサマリー

内生的生産性成長および産業構造の変化

執筆者 堀 健夫 (青山学院大学)
内野 泰助 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 経済変動の需要要因と供給要因への分解:理論と実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「経済変動の需要要因と供給要因への分解:理論と実証分析」プロジェクト

日本経済の産業構造は経済成長に伴って大きく変化してきた。昭和30年には労働者の約4割が第1次産業に従事していた。その後、第1次産業に従事する労働者の割合は一貫して減少し、平成17年には全体の約5%にまで低下した。第2次産業に従事する労働者の割合は、昭和60年ごろまで増加傾向にあったが、近年は減少傾向に転じている。一方で、第3次産業に従事する労働者の割合は昭和30年には35%に過ぎなかったが、一貫して増加しており、平成17年には労働者の7割近くが第3次産業に従事するまでに至っている。このような産業構造の変化は、日本に限ったことではなく、アメリカやイギリスをはじめとするさまざまな国で観察されてきた。

近年の活発な研究によって異なる国々の産業構造の変化には以下の共通点があることが指摘されている。
(1) 「生産性成長率の高い産業」から「生産性成長率の低い産業」へと労働およびGDPシェアが移動している。
(2) 労働のシェアが縮小している産業の生産物の価格は、シェアが拡大している産業のそれと比べて相対的に減少している。
「生産性成長率の高い産業」には主として製造業が含まれ、「生産性成長率の低い産業」には主としてサービス産業が含まれると考えられる。

本研究は需要サイドに着目することで以上の2つの事実を説明する簡単な経済成長モデルを構築し政策分析を行った。本研究で構築した理論モデルの概略は次のとおりである。モデルの経済には2つの産業が存在する。各産業には無数の企業が存在し、それぞれの企業は1つの製品を生産し、互いに価格競争を行っている。更に、第1産業の方が第2産業より価格競争が激しいという仮定を置いた。たとえば、第1産業はインターネットのプロバイダーサービスを提供する産業であり、複数のプロバイダーが存在し互いに価格競争を行っている一方、第2産業ではブランドの鞄が生産されているという状況である。そうすると、第1部門では価格のわずかな差が消費者のプロバイダー選択に大きく影響を及ぼすが、第2部門ではブランドイメージが消費者の購買行動に大きな影響を及ぼすため各ブランド鞄の価格の違いは消費者の選択にあまり影響を与えないと考えられる。以上のように産業間の需要サイドの差に注目することで、上の(1)および(2)の事実を説明するモデルを構築した。

本研究のモデルから次の2つの予測が導かれる。
(i) 競争が激しくマークアップの低い産業ほど生産性成長率が高く、マークアップの高い産業ほど生産性成長率が低い。
(ii) マークアップの低い産業から高い産業へと労働およびGDPシェアが移動。
本研究では以上の2つのモデルの予測を日本のデータを用いて次のように検証した。

まず、マークアップ率が低い産業ほど価格競争は激しく、したがってTFP成長率が高くなることが予想されるため、企業活動基本調査を利用して、1996年から2004年にかけての産業別マークアップ率と産業別TFP成長率を同時推定し、両者の相関を分析した。また、産業別投入労働の成長率は、マークアップ率が高い産業ほど高くなると予想されるため、推定されたマークアップ率とJIPデータベースから得た産業別雇用者数の同期間中の平均成長率との間の相関も分析した。これらの分析の結果、マークアップ率とTFP成長率の間には負の相関があり、マークアップ率と労働投入量の成長率の間には正の相関があることが分かった。これは上記の仮説を支持するものである(図を参照)。

図1-a:産業別のマークアップ率(横軸)とTFP成長率(縦軸)の相関
図1-a:産業別のマークアップ率(横軸)とTFP成長率(縦軸)の相関
図1-b:産業別のマークアップ率(横軸)と投入労働量の成長率(縦軸)の相関
図1-b:産業別のマークアップ率(横軸)と投入労働量の成長率(縦軸)の相関
注:マークアップ率、TFP成長率、および投入労働量はいずれも平均値からの偏差によって示している。

更に、さまざまな政策が社会厚生に与える効果を分析し以下の結果を得た。
(a) サービス業のように生産性成長率の低い産業に対して、IT化の促進などの生産性改善を促す政策を行うことが重要である。
(b) 日本の製造業のように労働のシェアが縮小している産業では、新規企業が容易に参入できるように補助金を与えるべきである。
(c) 平均的にマークアップが高い産業では生産が過少となっている傾向にある。したがって、より多くの生産を促すために補助金を与えるべきである。
(d) 奢侈品のように消費支出のシェアが増加している傾向にある財には、必需品と比較してより高い消費税を課すべきである。
以上の政策効果は今後の日本の産業政策に重要な示唆を与えることが期待される。