ノンテクニカルサマリー

確率的立地モデルに依拠した産業集積検出手法の構築

執筆者 森 知也 (ファカルティフェロー)/Tony E. SMITH (ペンシルバニア大学)
研究プロジェクト 経済集積の形成とその空間パターンにおける秩序の創発:理論・実証研究の枠組と地域経済政策への応用
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「経済集積の形成とその空間パターンにおける秩序の創発:理論・実証研究の枠組と地域経済政策への応用」プロジェクト

「集積」は今日の産業立地の典型的な形態として広く認知されている。日米を含む先進国の多くでは、実に雇用の9割以上が国土総面積の1割未満に集中しており、近年成長著しいアジア諸国でも同様の傾向が見られる。これを背景に、1980年代より、「集積の経済学」は既に都市・地域経済学の理論研究における中心的な分野であったが、1990年代以降は、経済統合が進み国境の重要性が低下する中、国際経済学からも集積に対する関心が深まり、ポール・クルーグマン教授(プリンストン大学)や藤田昌久教授(甲南大学/RIETI)らにより、都市空間から国際地域経済までを含む一般的立地空間において集積を統一的に扱う理論体系として、新しい経済地理学が提案され、2000年代のより一般的な空間経済学の構築へ繋がった。

本論文では、新しい経済地理学における理論モデルに対応する実証分析の枠組みを構築すべく、各産業について、個々の集積の位置・空間範囲を地図上で明示的に特定するための体系的統計手法を提案している。具体的には、まず、産業が同一かつ単一事業所からなる企業のみにより構成され、観察される事業所の立地分布が定常状態であると仮定する。このような単純化により、個々の企業の立地は、理論モデルに整合的な定常分布からの独立なランダム標本であり、産業固有の立地確率分布に従うと、近似的に解釈することが可能となる。この(真の)立地確率分布は一般に未知であるが、地域空間を立地データが得られる地域単位より粗く分割し直すことにより、元の地域空間上での立地確率分布を、新たな地域分割上の多項確率分布により近似することが可能となる。たとえば、市区町村等の地域データを用いる場合は、真の確率立地分布は市区町村上の多項確率分布として表現できるため、複数の市区町村を1つのクラスターとして束ねることにより、市区町村より粗いクラスター上の多項分布により近似できる。ここで、可能なクラスターパターン(モデル)の中で最善のものを選択するのがクラスター検出である。また、市区町村クラスターの形状に対して凸性制約を加えることにより、個々のクラスターが空間的に連続かつコンパクトな地域分割として検出され、これらが当該産業の集積を近似するものとなる。本論文では、具体的な凸性制約の導入方法、クラスター検出手続き、複数のクラスターモデルを比較するための選択基準、クラスタリングの頑健性の検証等、集積検出に関する一連のツールを開発し解説し、日本の製造業に適用して、実際のデータへの応用性を確認している。

産業集積に関する従来の実証研究では、Gini係数、Hirfindahl係数、エントロピーといった産業立地分布の不均一性を表すスカラー指標を用いて「集積度」を定義し、これを用いてさまざまな計量分析が行われてきた。たとえば集積の要因を特定する場合、地域/国における個々の産業の「集積度」とその産業の特性を関連付ける以下のような回帰式が典型的に用いられてきた。

式

ここで、Diは産業iの集積度、Xiは産業iの特性、εiは誤差項である。スカラー集積度は簡単に計算できることが利点であるが、一方で、個々の集積の位置に関する情報が失われている上に、空間規模の異なる集積(あるいは分散)を区別できないという欠点がある。図1は、集積のスカラー指標の1つで、我々が開発したD指標 (Mori, Nishikimi and Smith, 2005)を2001年の製造業小分類163業について計算して得られた頻度分布である。

図1:D指標の頻度分布(2001年製造業小分類)
図1:D指標の頻度分布(2001年製造業小分類)

図中に示すように、「プラスチック成形材料製造業」と「清涼飲料水製造業」は、ほぼ同様な集積度を示している。一方で、これらの産業について、我々の手法を用いて検出された集積群の空間パターンを示した図2は、これらの産業の集積パターンが質的に異なるものであることを表している(色の濃さは雇用者数規模の大きさを示す)。「プラスチック成形材料製造業」は、「大域的集中・局所的分散型」であり、立地は太平洋岸の工業ベルト地域への「大域的に」集中するが、ベルト内ではユビキタスである。一方で、「清涼飲料水製造業」は、「局所的集中・大域的分散型」であり、生産は狭い範囲においては集中するが、集積は全国的に分布しており、全国的にユビキタスな産業といえる。実際に、これらの空間範囲の異なる集中・分散は、理論的には全く異なるメカニズムで起こることが、新経済地理学では明らかになっているが、式(1)のような回帰式では、このような集積・分散パターンの違いを説明することができない。

図2:集積の空間分布
図2:集積の空間分布

本論文で提案する手法により検出される集積を用いる場合には、個々の産業に対して1つの集積度ではなく、個々の産業に属する個々の集積の規模を被説明変数として用い、説明変数として、産業特性のみならず、個々の集積が形成されている地域の特性を説明変数として導入することが可能になる。

式

ここで、左辺のEikは産業iの集積kの雇用規模、Qは地域特性の集合、Aqikは集積ikの地域特性、β0, βq は平均的産業について、βi, βiqは産業iに関する固有効果を表す回帰係数、εikは誤差項である。地域特性Aqikには、自然条件から人口や取引先企業への近接性等の内生的な条件まで、多様な立地条件を導入することができる。従来、式(1)の説明変数として用いられてきた産業特性は、産出投入関係を介した立地要因が取引先企業の立地に依存するように、本来空間的な性質を持っており、地域特性の1つとして導入されるべきものが多い。また、非空間的な特性に関しては、式(2)では産業固有の切片、つまり、産業間の平均集積規模の差を説明する要因として導入することが可能である。本論文の手法を用いることにより、産業特性の空間的側面を明示的に考慮した上で、個々の産業の集積要因を特定し産業間で比較することが可能となる。たとえば、特定の地域において、その地域特性から、あるいは、産業間の連関から、いかなる産業の集積が可能であるか、定量的に検証することが可能となる。

この他にも、本論文の手法により検出した集積群を用いることで、都市の規模・位置・産業構造の間に、新しい極めて顕著な秩序を見出すことができることが分かっている。図3はその一例で、2000年時の日本の258の都市雇用圏と製造業小分類163産業を対象として、個々の産業について集積が検出される都市を、その産業の「集積都市」、個々の都市について、その都市域で集積が検出される産業を、その都市の「集積産業」と定義し、横軸に産業の集積都市数を、縦軸に集積都市の平均人口規模をプロットしたものである。ひと目で確認できるように、僅数の産業を除き、集積都市の数と平均人口規模の間には極めて顕著な対数線形関係が認められる。更に、図中の破線は、各集積都市数に対応する平均人口規模の上下限を示しており、平均人口規模がほぼその上限値を実現していることが分かる。

図3:集積都市の数と平均規模
図3:集積都市の数と平均規模

このことは、単に大都市により多くの産業が集積しているというだけでなく、小都市に集積する産業は概ね大都市にも同様に集積しており、大小都市間で産業構造に階層関係が存在することを意味している。特筆すべきは、外れ値の僅数産業は例外なく、集積が統計的に有意に検出されなかった産業に限られていることである(軍需関係、たばこ、コークス製造業)。従って、経済全体が、極めて明確な秩序を創発する自己組織的な集積システムとして機能していることを知ることができる。同様な秩序は、日本に限らずアメリカでも確認されている。従来の方法では全く見出すことができなかった産業立地におけるこのような秩序形成の事実は、地域政策において無視できない制約の存在を明らかにしている。

本論文で提案した集積検出手法は、上記二例を始めとして集積の空間パターンを明示的に考慮した全く新しい実証分析を可能にし、産業集積を基礎とした地域経済の政策設計において最も根本的なツールの1つを提供する。

引用文献

  • Mori, T., Nishikimi, K., Smith, T.E., 2005. "A Divergence Statistic for Industrial Localization," Review of Economics and Statistics, 87(4), 635-651