ノンテクニカルサマリー

銀行別の預金金利パススルー計測による市場分断仮説の検証:パネル共和分による実証分析

執筆者 内野 泰助 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 効率的な企業金融・企業間ネットワークのあり方を考える研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「効率的な企業金融・企業間ネットワークのあり方を考える研究会」プロジェクト

2000年代以降、日本においては地域金融機関(地方銀行、第二地方銀行、信用金庫、信用組合など)の合併・統合が進み、金融機関の数が減少したことが指摘されている。こうした銀行の合併・統合によって、預金者や債務者は不利益を被ったのだろうか? 銀行市場が地域別(県別)に分断されているとすれば、合併・統合に伴う寡占化によって特定の地域の預金者や債務者に負の影響がおよぶ可能性がある(貸出金利の上昇、預金金利の低下など)。したがって、銀行市場が地域別に分断されているかという点は、地域金融機関の合併・統合を評価する上で明らかにすべき実証上の課題といえる。

本研究では、銀行市場の地域別分断を明らかにすべく1999年3月から2010年4月までの地方銀行・第二地方銀行106行の銀行別店頭定期預金金利データを用いて、市場金利(国債金利)から預金金利へのパススルー率(市場金利が1%ポイント上昇したときの預金金利へ何%ポイント転嫁されるか)を銀行ごとに計測する。そのうえで、このパススルー率が銀行市場の市場集中度など所在する都道府県の属性と相関しているかを検証する。理論的には銀行市場が県別に分断されている場合、パススルー率は県別に異なると予想され、また寡占的な県に所在する銀行ほどパススルー率が低くなると予想される(市場金利が変化しても預金金利へと転嫁しない)。

実証分析の結果、市場金利から定期預金金利へのパススルー率はおおむね0.3から0.5の間であり、銀行は市場金利の変化を完全には預金金利へ転嫁していないことが分かった。更に、満期6カ月物から5年物までの定期預金金利に対するパススルー率と都道府県別属性(ハーフィンダール指数、都市銀行シェア、郵便貯金シェア)との相関を見たところ、6カ月物の定期預金を除きハーフィンダール指数の値が大きい県(寡占的な県)に所在する銀行ほど、有意にパススルー率が低いことが明らかになった(表1を参照)。

これらの結果は、銀行預金市場が県別に分断されていることを示すものであり、また合併・統合に伴う銀行市場の寡占化が預金者や債務者に対して負の影響を及ぼす可能性があることを同時に示唆している。しかし、合併・統合に伴う寡占化によってパススルー率が低下しても、一方で重複店舗統廃合等によって経営効率性が改善すると、預金金利の水準自体はむしろ高くなる可能性もある(貸出金利の場合低くなる可能性)。すなわち、預金者や債務者が受ける影響は差引でプラスとなる場合もある。今後の研究においては、実際に生じた合併・統合をイベントとして注目し、それに伴って銀行の預金金利設定行動がどのように変化するのかを定量的に明らかにし、地域金融機関の合併・統合の影響について包括的に検証していく必要がある。

表1:市場金利(国債金利)から定期預金金利へのパススルー率と都道府県属性との相関の検証(銀行別に得られたパススルー率を本店所在都道府県の属性に回帰している)
表1:市場金利(国債金利)から定期預金金利へのパススルー率と都道府県属性との相関の検証
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注)市場金利と定期預金金利はそれぞれ同一の満期としている。ハーフィンダール指数は各都道府県の銀行別預金シェアをもとに計算している。ハーフィンダール指数が高い都道府県ほど、銀行預金市場が寡占的であるとみなされる。