ノンテクニカルサマリー

人口動態と方向づけられた技術変化

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプロジェクト (第三期:2011~2015年度)
「財政再建などを中心としたマクロ経済政策に関する研究」プロジェクト

図1-1:総人口の推移― 出生中位・高位・低位(死亡中位) 推計 ―図1-1:総人口の推移
国立社会保障・人口問題研究所による人口推計

少子高齢化は日本経済が直面する最大の課題の1つである。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2060年頃には日本の人口は8000万人台にまで減少するとされる。現在の出生率が2060年まで続き、その後半世紀かけて回復すると仮定すると、日本の人口は4000万人程度で定常状態になるという試算もある。人口の減少そのものよりも、人口の世代間構成が大きな問題であり、今後、高齢者比率は上昇し続ける。

人口そのものの増減が経済成長に及ぼす影響はよく知られているが、世代構成の変化が経済構造(産業や技術のあり方)に及ぼす影響も重要な研究課題であると考えられるが、そのような問題を考察する理論的な枠組みを検討することが本論文の主題である。

人口構成の変化は、技術変化を誘発することによって、経済構造を変化させると考えられる。生産要素の多寡や状態によって技術革新が誘発されるという考え方は、1970年代に速水佑次郎らによって提唱されていた(Hayami and Ruttanなど)。この誘発的技術革新の理論は、民間の技術革新と、政府の制度革新が連動して起きると論じる壮大な構想であった。1990年代末にAcemogluは、誘発的技術革新理論の中の民間の技術変化の部分について数学的に分析しやすいかたちに厳密化し、Directed Technical Change (DTC)理論 として定式化した。本論文では、DTCの枠組みを使って、高齢化が産業構造や経済成長率に与える影響を考察した。

AcemogluのDTCモデルのきわめてシンプルな応用で考えると、人口の高齢化によって、技術変化は高齢者関連サービス産業の生産性が他の一般的な産業の生産性に比べて、相対的に上昇する方向に変化が起きる。また、高齢者関連サービス産業の生産やR&D に一般財が必要であるが、その逆はないと仮定すると、経済全体の最適成長率は、人口の高齢化と共に低下するといえる。こうした結果は、次のような直截的な政策インプリケーションを与える。
(1)このモデルからは、高齢者関連の技術革新は将来性が高いとマクロ的にいえた。したがって、企業レベルでは、高齢化関連の技術開発を重点的に進めるべきであるといえる。また、産業政策や技術政策としても、高齢化関連の技術革新を誘発する政策を拡充することが望ましいと考えられる。
(2)高齢化が進むと、最適な経済成長率は若干低下すると考えられる。人口の高齢化が進む社会では、高成長を指向する政策は必ずしも望ましいとは言えず、適度な成長率のもとで若年向け産業から高齢者向け産業に技術開発面の資源再配分が起きるよう促す政策が望ましいかもしれない。

この論文で提示したDTCモデルでは、かなり単純な枠組みで経済成長の長期的な動向について分析できるので、今後は、この枠組みを一般化し、政府の制度変化や政策の効果についての分析を行うことが研究課題である。