ノンテクニカルサマリー

産業別無形資産投資の計測と生産性への影響-日韓比較も含めて-

執筆者 Hyunbae CHUN (西江大学)
深尾 京司 (ファカルティフェロー)
比佐 章一 (横浜市立大学)
宮川 努 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 日本における無形資産の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本における無形資産の研究」プロジェクト

1990年代から始まったIT革命以降、米国を中心に多くの新しいビジネスや業態が生まれ、経済全体の成長を促す要因となっていた。これらの新規ビジネスは、研究開発の蓄積を通じた従来型の技術革新による新製品の提供というプロセスに限定されていないところに1つの特徴がある。このため、研究開発投資だけでなく、ソフトウェア投資、デザイン開発、ブランド戦略、人材育成といったより広い範囲の無形資産投資を、革新的ビジネスひいては経済全体の成長要因として捉えようとする研究が進められてきた。

Corrado, Hulten, and Sichel (2009)は、この無形資産投資を米国のデータを用いて最初に定量化した研究だが、この研究に刺激され、英国、フランス、ドイツなどでも無形資産の計測が進み、日本でも同様の推計が行われるようになっている(Fukao et,al. (2009))。しかし一連の研究は、マクロレベルの研究にとどまっており、製造業に比べて低い生産性が続いているサービス業の生産性をどのように改善していけばよいかという日本の政策課題に応えるには不十分であった。

そこで、本論文では経済産業研究所で公開されているJIPデータベースを活用することにより、産業別無形資産投資の推計を行い、より詳細な産業レベルでの無形資産投資を把握するとともに、製造業、サービス業のレベルでの無形資産投資が生産性向上に果たす役割について考察している。また今回の研究では、韓国のSogang大学のChun教授にも参加してもらい、韓国の無形資産投資を産業レベルで比較する分析も行っている。

2008年における民間経済の無形資産投資額は38兆円、このうち製造業が18兆円、サービス業が19兆円である(残りは農林水産業)。推計は1980年から行われているが、1990年代までは伸びてきたものの、2000年代に入ってほぼ横ばいである。これは、研究開発投資を中心とする革新的資産への投資や経済的競争力へ支出は少しずつ増加しているものの、情報化資産への投資、すなわちソフトウェア投資が減少していることによる。有形資産投資との比率をみると民間経済全体で51%(製造業、79%、サービス業41%)である。この比率は2000年代に入って無形資産投資が有形資産投資を上回っている米国とは対照的である。これらの投資の累積額である無形資産ストックは、2008年で134兆円(民間経済)である。このうち製造業が77兆円、サービス業が58兆円となっている。いずれのセクターでも減耗率が大きい経済的競争能力が2000年代に入ってからマイナスの伸びとなっている。サービス業の無形資産ストックが製造業よりも小さくなっているのは、この経済的競争能力への投資割合が大きく、資産としては残りにくいためである。

韓国との比較は、無形資産投資/GDP比率で行った(表参照)。全体的に日本の無形資産投資比率は、韓国を上回っているが、これは製造業において日本の比率が韓国を大きく上回っているからである。しかし、サービス業では、日本と韓国との差は縮小しており、2000年代ではわずかに3%の差しかない。

表:無形資産投資(GDP比)の日韓比較
表:無形資産投資(GDP比)の日韓比較
CI:情報化投資(ソフトウエア投資)
IP:革新的資産投資(研究開発投資、デザイン投資など)
EC:経済的競争能力向上への投資(ブランド育成投資、人材育成投資など)

より詳細な産業分類でみると、2008年時点で教育、福祉、娯楽産業などの分野で韓国の比率が日本を上回っている。またサービス分野では、全般的に韓国の方が日本より情報化投資が積極的である。

日本については、こうした無形資産投資が全要素生産性の向上に寄与しているかどうかを計量的に検証した。この結果1981年から2008年までの30年近くにわたる期間では、無形資産投資が全要素生産性を向上させる効果は確認できなかったが、推計期間をIT革命の商用化が始まった1996年以降に限ると、生産性の向上効果を確認することができた。ただこの期間でもサービス業における無形資産投資は有意に生産性向上に寄与しているとはいえない。

これらの結果を総合すると、研究開発投資を中心とする無形資産の分野では製造業の生産性向上につながっており、こうした投資への政策的効果はあったと考えられる。しかしサービス業の分野では、経済的競争能力向上への投資を中心として、近年その蓄積が低下しており生産性向上との関連も薄い。この経済的競争能力向上への投資の中心は、日本的経営の中核ともいわれた人材投資であった。1990年代のサービス業では、この投資は、経済的競争能力投資のほぼ半分を占めていたが、2008年には32%にまで低下している。サービス業における競争力の回復のためには、基礎的な教育の再構築も含めて、まずこの人材への投資を活性化させることから始めるとともに、こうした無形資産を有効に活用できるような規制改革を進めるべきである。

参考文献

  • Corrado, C., C. Hulten, and D. Sichel ( 2009), "Intangible Capital and U.S. Economic Growth." Review of Income and Wealth 55, pp. 658-660.
  • Fukao, K., T. Miyagawa, K. Mukai, Y. Shinoda, and K. Tonogi (2009), "Intangible Investment in Japan: Measurement and Contribution to Economic Growth". Review of Income and Wealth 55, pp.717-736.