ノンテクニカルサマリー

投資自由化協定と直接税制―EU司法裁判所・Cadbury事件先決裁定をめぐって―

執筆者 須網 隆夫 (早稲田大学)
研究プロジェクト 通商関係条約と税制
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域III (第二期:2006~2010年度)
「通商関係条約と税制」プロジェクト

通商関係条約と税制

今日、国家間の通商経済関係は、多国間・二国間で締結された国際条約によって規律されている。その対象は、各国が定める直接税制の内容にまで及び、そのため、各国の直接税制が国際条約と抵触するケースが生じうる。特に域内における経済統合が深化し、加盟国の国内市場をEUレベルでの単一市場に統合する「市場統合」を実現したEUでは、通常の投資自由化協定より高いレベルの投資自由化が実現しているために、投資自由化と加盟国の直接税制との間でさまざまな問題が発生し、EU司法裁判所による判断が蓄積されている。

そこで本稿では、イギリスのタックスヘイブン対策税制が、EC条約(現EU運営条約)の保障する「開業の自由」(注1)を侵害するかが争点であった、2008年Cadbury事件先決裁定(以下、「Cadbury裁定)という)を素材にして、投資自由化とタックスヘイブン対策税制との関係を検討し、投資協定と直接税制についての一般的な示唆を得ようとする。

分析結果のポイント

Cadbury裁定は、加盟国のタックスヘイブン税制と、「開業の自由」との関係について判断を示したが、注目すべきは以下の3点である。
1)事業者が、他加盟国の優遇税制を利用すること自体は適法であるが、他加盟国のCFC(在外従属法人)の利益が、親会社の加盟国における課税より低い水準の課税に服している場合、CFCの利益を親会社の課税標準に算入する税制は、低課税の加盟国における子会社設立を思い止まらせるので、「開業の自由」を制約する。
2)しかし、タックスヘイブン税制が、課税回避を意図した、経済的実体を反映しない「全面的に人為的な配置」の防止を目的とする場合には、当該税制は例外的に正当化される。
3)「開業の自由」に対する制約が正当化されるためには、CFCが受入れ加盟国において現実に設立されて、経済活動を実際に遂行していることが、第三者によって確認可能な客観的要素に基づき証明された場合には、課税されてはならない。

一方で、Cadbury裁定から投資自由化協定一般への示唆を得るためには幾つかの事項に留意する必要がある。

第1に、EU条約と投資自由化協定とでは、一般に前者の自由化のレベルが著しく高いことである。そのため、投資自由化協定締結国で生じる問題は、原則としてEUでも生じるのに対して、EUで生じる問題が常に投資自由化協定締結国において生じるとは限らない。

第2に、他方、国家主権と国際的規制の緊張関係という点では両者は共通し、そこにEUの経験より一般的な示唆が得られる根拠がある。EUには直接税制を定める権限は付与されておらず、直接税制の決定権は加盟国が保持している。したがって、直接税に関する加盟国主権と基本条約を始めとするEU法との関係は、投資協定をめぐる国家主権と条約による規制との関係と対比できるからである。

第3に、EUは、商品・人(労働者・会社を含む自営業者)・サービス・資本という4つの自由移動という枠組みで自由化を進めている。前述の「開業の自由」は、人の自由移動の一部である。そして、投資自由化協定の各部分が、これら4つのカテゴリーのうち、どの自由移動と比較可能であるかを確認する必要がある。すなわち、投資協定による自由化の内容は、EUの自由移動のうち、開業の自由を中心としながらも、資本の自由移動・サービスの自由移動とも関連する。したがって、直接税制についてEU司法裁判所の判例等より示唆を得ようとする場合は、事案によっては開業の自由ではなく他の自由移動を検討しなければならない。

インプリケーション

タックスヘイブン対策税制としてのCFC課税は、EUに特有の制度ではなく日本でも租税特別措置法に規定されている。そして、Cadbury事件の争点であった加盟国税制の適用がEU内に限定されていないことが示すように、投資自由化協定を締結した国家間でもCFC課税に伴う問題は生じ得るのであり、日本もその例外ではない。

もっとも、一般的な投資自由化協定に比してEUによる市場統合の水準の高さが際立っているため、「投資自由化の程度」と「内国民待遇の対象」の2点につき、両者の差異に即した理解が必要である。すなわち、前者については、「投資自由化の程度」が低い場合には、Cadbury裁定のような租税回避への対抗措置としての課税によって、投資活動を制約するとしても直ちに投資協定の保障する内国民待遇違反になるとは限らない。また、後者については、開業の自由によって禁止される制約は、親会社の居住国と子会社の居住国の双方で生じる。EU法との関係が争われたCadbury事件では、親会社の居住国で発生する不利益が争われたが、投資自由化協定の場合には、投資受入国における制約だけが意識されている。

したがって、Cadbury裁定から投資協定に関する直接的な示唆を得ることは難しい。しかし同裁定は、投資自由化の水準を向上させた場合に、どのような問題が生じるかを示しており、さらに租税回避に対する対抗措置一般についても有益な示唆が得られる。

なお、開業の自由に関するEU司法裁判所の他の判例も、直接税制による差別の有無を判断する際に、比較の対象の選択が争点となり得ることなど、自由化の程度を進めた場合に生じる問題を示唆している。

脚注

  1. 「開業の自由(権利)」とは、会社を含む自営業者が、経済活動を行うために、他の加盟国に移動し、そこで固定した施設を設置して開業し、期間の定めなく、経済活動を現実に遂行する自由を意味する。開業の自由に対する制約は禁止されるところ(旧EC条約43条、現EU運営条約49条)、制約の範囲は広く解釈されており、加盟国の直接税制が制約を構成する場合もある。