ノンテクニカルサマリー

日本と韓国の生産性格差と無形資産の役割

執筆者 宮川 努 (ファカルティフェロー)
滝澤 美帆 (東洋大学)
研究プロジェクト 日本における無形資産の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

日本と韓国は、1997年にそれぞれ金融危機、国際通貨危機という共に大きな経済危機を経験した。しかし、その後、韓国が順調な回復と成長を達成した一方で、日本では依然経済停滞が続いている。こうした両国における経済パフォーマンスの差、特に生産性格差はなぜ生じたのだろうか。通常こうした成長率格差や生産性格差を考える際には、全要素生産性が注目されるが、本論文ではこの全要素生産性に加えて無形資産の蓄積の差による影響も考えている。

両国の統計から直接無形資産を推計することは難しいため、本論文では、McGrattan and Prescott (2005a, 2010b)のモデルを利用する。彼らのモデルでは、無形資産は労働時間や有形資産を利用して生み出されるため、労働時間の配分が1990年代以降の両国の現実の労働時間の動きを最もよく説明するようにシミュレーションを行った。なお、ここで想定されている無形資産はかなり抽象的な概念であるが、シミュレーションから計算される無形資産部門の割合は、日本が10%、韓国が7%程度となっており、Corrado, Hulten, and Sichel (2009)が定義した無形資産の概念(ソフトウェアなどの情報資産、研究開発の蓄積による知的資産、ブランド、企業内に蓄積された人的資産など)に近い値であり、こうした無形資産を包括する概念と考えてよい(下図参照)。

図:全体の労働時間に対する無形資産生産への労働時間の比率
図:全体の労働時間に対する無形資産生産への労働時間の比率

このシミュレーションを使って、以下の表に示されたように金融危機前後における経済成長の要因を比較すると、日本では金融危機を経て経済成長の鈍化が続いており、有形資産、無形資産とも寄与率が低下している。一方韓国では、金融危機以前は有形資産蓄積を中心とした要素投入型の経済成長であったが、金融危機後は無形資産の寄与率が上昇し、合わせてTFP上昇率もさらに加速しており、日本とは対照的な成長パターンとなっていることがわかった。

表:無形資産を考慮した日韓の成長会計
表:無形資産を考慮した日韓の成長会計

日韓は1990年代の後半に厳しい金融危機を経験したが、その後不良債権処理に追われ構造改革に着手できなかった日本に比べ、韓国はいち早く雇用制度の見直しなど構造改革を進めたため、無形資産の蓄積も進みTFP上昇率も加速したと考えられる。このことは、金融危機のような通常の不況よりも深刻な経済全体の危機から脱出するためにはどのような政策が望ましいかということについて重要な情報を提供している。