執筆者 | 村尾 徹士 (一橋大学)/楡井 誠 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 法人課税制度の政策評価 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「法人課税制度の政策評価」プロジェクト
問題意識
マクロ生産性の成長が経済成長の主要な原動力であることは広く認識されている。概念的には、マクロ生産性成長は3つの経路を通じて為されると考えられる:すなわち生産性の高い企業の参入と生産性の低い企業の退出(参入・退出効果)、既存企業内部の生産性改善(内部効果)、そして生産性の低い企業から生産性の高い企業への市場シェア再配分(淘汰効果)である。本研究では参入障壁の撤廃が、マクロ生産性成長率とその3つの構成要素に与える影響を計測した。
以上の目的のため、Lentz and Mortensen (2008, 以下LM) によって提案された、イノベーション効率が企業ごとに異なる内生的成長モデルに自由参入の仮定と参入費用を導入し、LMのアルゴリズムを改良することでモデルの構造パラメータの推定とシミュレーションを行った。推定には2001年から2004年の『企業活動基本調査』を利用し、製造業企業を対象に分析を行った。
分析結果のポイントと政策含意
表1に本研究の実証結果とシミュレーション結果をまとめる。(1) 列は実際の推定結果であり、(2) 列から(4)列は推定された構造パラメータを利用した反事実政策シミュレーションの結果である。参入にかかる固定費用を10%削減するシミュレーションの結果、マクロ生産性成長率は2ベーシスポイント上昇した。1~3行目の分解結果より、この成長率増加の全てが参入退出効果の上昇によることが分かる。注目すべきは、淘汰効果が1割以上も低下(0.14%から0.12%へ)していることである。理由は次のとおりである。推定の結果、イノベーション効率が最も低い企業は一切のR&D誘因を持たなかった。結果としてイノベーション効率の高い企業のR&D誘因が相対的に大きく低下する格好となり、創造的破壊を通じた市場シェアの再配分が減少した。
次に参入費用削減のシミュレーション結果と比較するため、 R&D税額控除を10%増加させるシミュレーションを行った。参入企業のみに直接的影響を与える参入費用削減政策とは異なり、R&D税額控除の増加は参入企業と既存企業に等しく直接的影響を与えるという特徴を持つ。シミュレーションの結果、 10%のR&D税額控除の増加によってマクロ生産性成長率は5ベーシスポイント上昇するが、この追加的な成長において、3つの効果が等しい割合で増加することが分かった。この結果は参入費用削減の場合とは著しい対照をなす。
最後に、以上で検討した2つの政策に補完性あるいは代替性が存在するかどうかを調べるため、参入費用の10%削減とR&D税額控除の10%増加を同時に行うシミュレーションを行った。この場合のマクロ生産性成長率の増分(7ベーシスポイント)は、2つの政策を別々に行った場合に得られる値の合計に一致した。すなわち2つの政策は補完的でも代替的でもないことが分かった。
表1に示された数字はいずれもごく小さな値に見えるが、これは水準ではなく成長率に対する影響であることに注意を要する。参入障壁撤廃やR&D税額控除の増加は経済成長率を恒常的に引き上げるため、経済厚生上の効果は小さくないといえるだろう。
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