ノンテクニカルサマリー

投資リスク、パレート分布および租税の効果

執筆者 楡井 誠 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 法人課税制度の政策評価
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

この論文では、動学一般均衡モデルを用いて、租税とりわけ資本税の資産所得分布への影響を定量的に分析した。動学一般均衡モデルの特色は、家計と企業の動学的な行動原理と、それらをとりまく経済環境、そして市場における均衡価格形成を明示化し整合的にモデル化する点にある。家計と企業の行動原理とは、典型的には効用最大化と利潤最大化行動である。経済環境とは、市場の欠落(不完備市場)、不確実性の存在、そして政府の活動などを含む。近年このモデルは経済政策分析の共通の枠組みとして利用されるようになってきた。本論文では、代表的家計モデルをはなれ、投資リスクを負いその成果に応じて資産ポジションを変えていく企業家的な異質的家計を考えることによって、資産所得分布を分析できるようにする。異質的家計を含む不完備市場モデルは解析的に解くことが不可能であるため、コンピュータによる数値解析が重要な手法になる。

図には定常均衡における所得分布と資産分布が示されている。図内の下方のプロットが所得分布であり、上方が資産分布である。資産所得分布の裾部分がパレート分布と呼ばれる分布に従うことが実証的によく知られているが、このプロットは定常資産所得分布がパレート分布に従うことをよく示している。また、パレート分布の傾きであるパレート指数は、どの国やどの年代をみてもだいたい2を中心とした値(1.5~3)を示すことが知られているが、ここでのシミュレーションでもパレート指数は2となっている。パレート指数が2のときの不平等度を直観的に表現すると、年収2000万円以上の家計のうち、年収2億円以上の家計が 10^(-2) すなわち1%を占め、さらに年収2億円以上の家計のうち同じ1%が20億円以上、20億円以上のうち1%が200億円以上を占めている、といった具合となる。

図では、資本税が50%であったときの定常分布をゼロ年とし、第1年目から税率が28%に恒久的に引き下げられた場合の分布の経年変化と新しい定常分布が描かれている。資本税を引き下げると不平等度が高まることがみてとれる。またその遷移がかなり遅いことも分かる。50%から28%の減税規模は、1986年にレーガン政権が実施した総合所得減税における最高税率の変化に対応する。本論文のシミュレーションでは、レーガン減税は80年代以降のアメリカの中期的な不平等化を一定程度説明することが分かる。

本論文ではまた、定常均衡におけるGDP-政府支出比率を一定にした上で、資本税、消費税、あるいは一括税による政府支出ファイナンスがもたらす帰結を定量的に分析している。主要な結論として、このモデルにおいて資本税は、消費税に比べて平等化を促進する一方で、資本蓄積の阻害を通じて賃金と所得の低下を招くことが得られる。また、個別家計の厚生分析を可能とするのが一般均衡モデルの大きな特長である。この論文のモデルにおいては、資本税経済と消費税経済を比較すると、企業家的でない労働所得層のうち資産が上位10%に入る家計は資本税経済を選好するのに対して、その他多数の家計は消費税経済を選好するという結論を得た。その理由は、多くの家計では資本の蓄積を通じた賃金増加と資本税減税による資本所得増加のメリットが消費税のデメリットを上回るのに対し、資産を徐々に減らすことで高消費を享受している非生産的富裕層にとっては消費税のコストが相対的に重くなるためである。

図