ノンテクニカルサマリー

地域ポテンシャルと賃金格差、地域統合と雇用分布のシミュレーション
―地域間産業連関構造を考慮したNEGモデルの実証―

執筆者 中村 良平 (ファカルティフェロー)
猪原 龍介 (青森公立大学)
森田 学 (価値総合研究所)
研究プロジェクト 自立型地域経済システムに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

研究の視点

地域経済はそこで生産された財・サービスの移出で外貨を稼ぎ、また同時に地域内では供給できない、あるいは供給不足になっている財・サービスを移入している。このような地域間の交易は、自地域の産業集積度、移出財の(競合地域との)相対価格、移出先の所得などによって規定されると考えられる。交易先との輸送費用も財の価格に影響を与える重要な要素である。中間財生産における規模の経済が大きいと価格効果で地域ポテンシャルも高まる。また、自地域の供給ポテンシャルが高いこと(移入価格が安いこと)は生産価格を下げる効果があり、それは賃金への支払いを高くすることにつながる。本論文は、このような考え方を説明する新経済地理学モデルで我が国の地域経済への適用を初めて試みたものである。

まず、47都道府県間の地域間産業連関表(2000年)を用いて地域間交易関数を推定し、その推定されたパラメータを用いて各県の需要ポテンシャルと供給ポテンシャルを農業、工業、サービス業について算出した。次に、地域ポテンシャルが地域競争力の指標である賃金水準の地域をどの程度説明できるかを見るべく回帰分析を行った。そして、その推定結果を使って道州制(等)による地域間統合によって地域競争力がどの程度変化するかのシミュレーションを行った。さらに、地域間輸送費用が低下した場合、地域ポテンシャルの変化に伴う労働の地域間・部門間分布のシミュレーションを行った。

分析結果の解釈

首都圏や近畿圏などにおいて高いポテンシャル値が得られたが、農業については大都市近郊の県において農業生産が流通コストを反映して相対的に優位になっている。製造業については、愛知県や神奈川県といった組立加工型の業種が集積する地域では中間財需要ポテンシャルが相対的に高く、地域競争力の高さが反映された結果となっている。サービス業では、供給ポテンシャルにおいて東京が群を抜いており、多様な産業の集積する東京の前方連関効果(供給価格効果)の高さが示されている。

地域間統合による広域化で新たな地域内(道州内)でのアクセシビリティの改善(移動の時間費用の5%低下)、およびそれに伴う広域化された社会資本に対する利用効率性の変化を考慮に入れた3タイプの道州制組み合わせについての賃金変化度合いを計測した。ほとんどの地域で競争力は高まるが、大都市をもつ地域では、域内移動時間の低下よりも広域化による社会資本の利用効率性が低下する効果が上回っており、わずかではあるがその道州内では都道府県の時よりも賃金が低下する可能性がある。

図は、輸送費変化における地方圏の労働分布の推移を現状の労働分布との比率として示している。ここで、図の距離抵抗値は1.0が現状で、小さくなるほど輸送費用が低下することを意味する。輸送費用の低下は中心地域のポテンシャルを低下させ、地方のそれを引き上げることになる。これを受けて、労働分布も中心地域から地方へと分散化することになる。これは、輸送費用が高い場合には市場の大きい中心地域に生産活動が集中化するが、輸送費用の低下とともに地域間の財の輸送が容易になるため、地方へ生産活動が分散化することを表している。

図 距離抵抗の変化に伴う地域別就業者の変化:地方圏
図 距離抵抗の変化に伴う地域別就業者の変化:地方圏

インプリケーション

ポテンシャルの計測結果から、大都市近郊農業の重要性と、地方においても移出力のあるサービス産業を創出することの必要性が示唆されている。地方の移出産業創出の証左とも言える。

地域間統合では、縁辺部に位置する地域ほど広域的な統合の方がポテンシャルの観点からはメリットがあることが示された。

輸送費用低下による雇用分布シミュレーションからは現在の工業の地方への分散化と一致するが、一方で東京一極集中といった局面については十分な説明ができていない。これはサービス業を中心とした現在の東京一極集中が、距離抵抗の低下のみで説明されるものではなく、規模の経済性や集積の経済性といった産業構造の変化を反映したものであることを示唆する。

ただ輸送費が極めて高い場合については、経済活動は市場へのアクセスの良い関西地域に集中するが、輸送費が低下し産業の分散化傾向が生じると土地の豊富さなどの面で優位性のある関東に経済的な中心が移行することは示唆的である。これは、明治期以降の鉄道網の整備や高速道路の建設などの交通インフラの整備に加え、さまざまな交通技術の発達にともなう輸送費用の低下が、関西から関東への経済的中心の移動を促したと解釈できる。