ノンテクニカルサマリー

製造業とサービス業の類似点と相違点:日本の自動車関連産業による実証分析

執筆者 加藤 篤行 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト サービス産業生産性向上に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

これまでの多くの生産性分析において、サービス産業は製造業と比べて生産性が低いと考えられてきた。とりわけ日本に関しては、この生産性格差が顕著でありそれが全体としての経済成長の足を引っ張っているという認識の下にさまざまな議論が行われてきた。しかしながら、こうした単純な比較には批判的な見解も少なくない。たとえば、実際の経済活動では、製造業に分類される企業の多くはその生産活動の中で多くのサービス生産も行っており、またサービス提供企業も製造業によって生産される生産物に依存して活動を行っているケースが多いなど、両者は複雑に入り組んだ関係を持っている。したがって、そのような実際の生産活動を反映した分析を行うことは、より適切な政策インプリケーションを得るためにも重要であると考えられる。このような分析では、企業内の各生産活動レベルでのデータを用いた分析が行われることが望ましいが、データ制約のためそれは必ずしも現実的な選択肢ではない。そのため代替的なアプローチとして相互に関連が強いと考えられる製造業とサービス業を全体として1つの生産プロセスと仮定した生産性分析を通じて両者の比較を行った。

製造業とサービス業の生産性・マークアップ格差

本研究では自動車関連産業全体()を1つの生産プロセスと仮定し、その中での製造業部門と小売業部門の企業に顕著な生産性・マークアップ格差が存在しているか否かを検証してみた。なお、以下の議論で生産性は技術的な生産効率+消費者の質に対する評価であり、マークアップは市場における価格力(price / marginal cost)である。図1・2はそれぞれ企業レベルの生産性とマークアップの分布を表している。これらの図を見る限りでは、生産性の分布については製造業と小売業の間に統計的には有意に差があるとしてもその差が大きなものであるようには見えない。一方でマークアップ分布についてはその差が統計的に有意なだけでなく視覚的にも顕著である。この結果は、これまでの研究で観察された生産性の格差が、生産効率の差というよりマークアップの差によって大部分説明できるという可能性を示している。このマークアップの差は、それぞれの産業で利潤最大化という目的に関して最も効率的な生産活動が選択された結果を反映していると考えられるが、これは上記の仮定の下では、製造業部門と小売業部門が生産プロセス内でそれぞれ差別化と標準化という異なる役割を果たしていることを示している。この場合、製造業部門のノウハウに基づいて小売業部門の生産効率を向上させる試みには大きな成果は期待しにくい。この結果はまた、サービスセクターのシェアがさらに拡大するという仮定の下では、将来的には小売部門における標準化圧力が製造業部門での差別化による独占利潤獲得を許さないほど強まることで生産プロセス内での製造業部門の役割が大きく変わり、同部門でも標準化に適合した生産効率向上が望ましくなる可能性があることを示唆している。

図1:生産性分布
図1:生産性分布
図2:マークアップ分布
図2:マークアップ分布

インプリケーション

このように相互に関連の深い産業全体を1つの生産プロセスと仮定し、その中での各産業部門の役割分担を明確化することは、市場のニーズや企業のインセンティブに合致したよりロバストな政策を考える上で重要であると考えられる。

脚注

  • 企業活動基本調査の自動車・同附属品製造業+自動車・自転車小売業