執筆者 | 小黒 一正 (コンサルティングフェロー)/ 小塩 隆士 (一橋大学経済研究所教授)/ 高畑 純一郎 (一橋大学大学院経済学研究科博士課程) |
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研究プロジェクト | 少子高齢化と日本経済-経済成長・生産性・労働力・物価- |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
問題意識
少子高齢化や経済のグローバル化の進展に伴い、近年わが国の経済格差は拡大し、家庭環境によっては子どもの進学を断念せざるを得ないケースも増えてきているとの議論がある。加えて、教育は、人的資本を高める有力な手段であり、このまま格差を放置すれば、将来の潜在的成長力を低下させる可能性があるとの議論もある。
これら議論の関心は経済格差(所得)と人的資本にあるが、その中心にある所得は通常、(1)生まれた時点に持つ事前的な「遺伝的能力」(「努力」に対する忍耐強さも含む)、(2)事後的な「人的資本(教育、OJT)」、(3)制御不能な「運」によって定まると説明するケースが多い。だが、仮に「遺伝的能力」が「人的資本」にも影響を与えているとすると、所得と人的資本の関係は、みかけ上の関係に過ぎない可能性がある。その場合、親子間での「能力」に関する遺伝メカニズムが、格差や経済成長を主に決定する要因となる。
分析結果のポイント
そこで、この論文では、いくつかの先行研究を参考にしつつ、世代交代や人的資本形成のある人口内生経済において、遺伝メカニズムを考慮した場合、格差是正や経済成長に貢献する政策は何か、についての分析を行った(ただし、政策は財政中立を要請)。
具体的には、(1)現状維持、(2)所得再分配の強化、(3)子ども手当の拡充、(4)教育支援の強化、といった4つの政策シナリオを想定しつつ、格差や経済成長などが、(1)親子間の「遺伝的能力」相関が高いケースや、(2)親子間の「遺伝的能力」相関が低いケースで、どう変化するか、について分析した。なお、格差や経済成長はみかけ上の指標に過ぎず、その動きは、経済学的には各世代の生涯幸福度を示す「効用」の格差やその「効用」の平均推移で把握することが望ましい。
このため、この効用の格差とその平均推移で、分析結果をみると、4つのシナリオのうち、お概ね効用の格差を是正しその平均推移を高めるのは、親子間の「遺伝的能力」相関にかかわらず、教育支援の強化である。逆に、所得再分配の強化や子ども手当ての拡充は、現状維持シナリオと比較して、むしろ格差拡大や平均推移の低下をもたらす可能性が明らかとなった。
これは、下表のとおり、親子間の「遺伝的能力」相関が高いケースをみても簡単に確認できる。縦列の「期」は概ね30年~40年で、横列はその期の世代の「平均効用」と「効用格差」を示す。この表をみると、シミュレーションを開始した1期を除き、平均効用が最も高く、効用格差が最も低い政策は、教育支援の強化となっている。逆に、所得再分配の強化や子ども手当ての拡充は、平均効用を低め、効用格差を拡大していることが読み取れよう。
インプリケーション
人口減少が進むわが国において、引き続き、労働力の減少が見込まれている中、質の高い教育やその結果形成される人的資本の役割が重要となっていくのは必然である。そして、世代交代や人的資本形成のある人口内生経済を前提とした最近の研究は、家計での子どもの量と質の選択との関係で、一定の子育て支援策が、格差是正や経済成長にプラス効果をもつメカニズムを明らかにしている。だが、これら先行研究は、親から子への「遺伝的能力」相関という遺伝メカニズムを考慮していない。
他方、遺伝メカニズムを考慮した今回の分析結果によれば、所得再分配の強化や子ども手当の拡充、教育支援の強化などのうち、どの政策を推進していくかは、中長期的にみて、格差是正と経済成長の同時達成に密接な影響を及ぼす可能性がある。特に、下表の分析結果からすれば、教育サービスの供給が効率的になされているのが前提だが、子ども手当ての一部を、教育支援の強化に向ける政策の検討も必要であろう。
平均効用 | 効用格差(効用のジニ係数) | |||||||
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現状維持 | 再分配 | 教育支援 | 子ども手当 | 現状維持 | 再分配 | 教育支援 | 子ども手当 | |
1期 | 100.0% | 98.9% | 99.9% | 97.9% | 12.9% | 13.1% | 13.0% | 12.9% |
2期 | 100.1% | 99.1% | 100.4% | 98.0% | 13.4% | 13.6% | 13.2% | 13.4% |
3期 | 101.2% | 100.5% | 101.6% | 98.8% | 13.1% | 13.2% | 12.9% | 13.2% |
4期 | 102.3% | 101.8% | 102.8% | 99.8% | 12.8% | 12.9% | 12.5% | 13.0% |
5期 | 103.4% | 103.0% | 104.3% | 100.8% | 12.4% | 12.5% | 12.0% | 12.6% |
6期 | 104.5% | 104.1% | 105.3% | 101.6% | 12.1% | 12.2% | 11.7% | 12.3% |
7期 | 105.6% | 105.3% | 106.5% | 102.6% | 11.8% | 11.8% | 11.3% | 12.1% |
8期 | 106.5% | 106.4% | 107.5% | 103.4% | 11.5% | 11.5% | 11.0% | 11.8% |
9期 | 107.7% | 107.6% | 108.8% | 104.2% | 11.2% | 11.1% | 10.7% | 11.6% |
10期 | 108.7% | 108.6% | 109.8% | 105.1% | 10.8% | 10.8% | 10.3% | 11.4% |
(注1)論文の分析結果に基づき筆者作成。 (注2)なお平均効用は現状維持シナリオの第1期が100%になるよう基準化した。 |