ノンテクニカルサマリー

サービス業の生産性と密度の経済性-事業所データによる対個人サービス業の分析-

執筆者 森川 正之 (副所長)
研究プロジェクト サービス産業生産性向上に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

労働力人口が減少する中、日本経済の中長期的な成長力を規定する最大の要因が生産性上昇率であり、特に、経済の約7割を占めるサービス産業の生産性は日本経済全体の成長を左右する。サービスはモノと異なり在庫や輸送が困難であり、「生産と消費の同時性」というユニークな特性がある。このため、サービス産業は国際競争や地域間競争の圧力が製造業に比べて弱く、企業間での生産性格差が大きい。この論文では、サービス業の中でも「生産と消費の同時性」が顕著な対個人サービス業約10業種を対象に、需要密度と生産性の関係を分析した。

分析結果の要点

市場の地理的範囲が限られたサービス産業では、立地先の人口密度が生産性に強く影響し、人口が稠密な大都市ほど事業所の生産性は高くなる。立派な店舗を構えて優秀な従業員を配置していても、客が来なければ付加価値はゼロだからである。分析結果によれば、全てのサービス業種で顕著な需要密度の経済性が観察され、市区町村の人口密度が2倍だと生産性は10%以上高くなる。この数字は、販売先が地理的に制約されにくい製造業に比べてずっと大きい。すなわち、人口構造がサービス産業の生産性と強く関連しており、人口稠密な地域を形成していくことができるならば、生産性に正の効果を持つことを示唆している。政策的には、都市計画、土地制度といった人口移動や経済活動の地理的分布に影響を及ぼすものが関わる。

また、分析結果によれば、ほぼ全てのサービス業種において「事業所規模の経済性」、「企業規模の経済性」、「範囲の経済性」が存在する。この結果は、事業所レベルでの集約化・大規模化、企業レベルでの多店舗展開やチェーン化が、対個人サービス業の生産性向上に寄与する可能性があることを示唆している。

インプリケーション

高度成長期の日本では、農村から都市部に大量の人口移動が生じ、産業構造の変化を伴う経済成長を支えた。「住民基本台帳人口移動報告」のデータで人口移動率の長期的な推移を見ると、市区町村を越えて移動した人の割合は、1970年の8%をピークに漸減傾向をたどり、最近は4%強まで低下している。将来人口推計によれば、日本の人口は今後50年間に約30%減少するが、仮に全国均一に人口密度が減少していけば、サービス産業の生産性を低下させる要因となる。生産性向上という観点からいえば、人口を集積させていくことが望ましい。

ただし、要因分解の結果によれば、サービス事業所の生産性格差のうち大部分は同一都道府県内の事業所間格差である。したがって、東京一極集中というよりは、都道府県内での市区町村を越えた再配置が生産性向上に大きく寄与することになる。公共サービス供給の効率化、エネルギー消費の合理化といった観点から一部の自治体で「コンパクト・シティ」構想が推進されているが、民間サービス業の生産性向上にもおそらく有効である。

日本経済は、少子高齢化の急速な進行、環境制約の顕在化、増嵩する政府債務と財政制約、地域活性化の必要性といったさまざまな課題に直面している。都市の集積度を高めることは、日本経済の成長力強化、公共サービス供給の効率化、エネルギー効率の改善といった多くのメリットがある。人口の流動性が低下している中、都市政策は成長戦略としても重要である。

市町村人口密度が2倍になった時の全要素生産性 (TFP) への効果
市町村人口密度が2倍になった時の全要素生産性 (TFP) への効果
(注)論文の分析結果に基づき筆者作成。