コラム

第6回「日本企業の戦略と組織:アンケート結果の整理と考察」

青木 英孝
千葉商科大学商経学部准教授

経済産業研究所コ-ポレートガバナンス研究チーム(プロジェクトリーダー:宮島英昭早稲田大学商学学術院教授)では、2007年春に、東京証券取引所1部上場企業(金融保険業を除く)を対象に、企業の事業ポートフォリオ・グル-プ化と企業統治についてのアンケート調査「日本企業の事業ポートフォリオとグループ化に関する調査」を実施した。その調査の結果、近年の日本企業の事業戦略・グループ経営・組織選択の実態が明らかになった。今回は、調査結果の要約とその意味を考える。

「選択と集中」の進展と関連多角化

事業ポートフォリオの再編では、「選択と集中」が更に進展するとともに、関連多角化が進められていた。80年代半ばから90年半ばまで進展していた非関連多角化は、バブル崩壊後の業績低迷を契機に見直され、90年代後半には「選択と集中」が合言葉になった。そして近年では、景気拡大を背景に、事業分野の絞り込みは継続しつつも、シナジーが期待される関連分野には積極的な展開を図るという姿勢が窺える。つまり、単調な縮小路線ではなく、事業ポートフォリオのコア領域への集約化が進められている。

実は、この変化は通常のリスク分散仮説からすると望ましくない。コア事業への集中は、シナジー効果によって効率性の高い事業運営を可能にする反面、本業部門の景気変動の影響を受けやすく、また技術革新によるコア技術の陳腐化は全社的な倒産リスクを高めるからである。にもかかわらず、90年代後半以降「選択と集中」が進められた背景には、非関連多角化に起因する非効率、すなわち経営者の専門性の低下、部門間調整コストの上昇、経営トップと部門トップ間の情報の非対称性の問題などの顕在化があった。実際、近年の実証研究の結果も、多角化が企業価値の毀損を招くことを確認したものが多い。したがって、近年の日本企業の事業戦略は、多角化に関するトレード・オフ、すなわち事業集約化によるシナジーと多角化によるリスク分散に対して、前者のウエイトを高めたとみることができる。また、本業関連分野への積極的な進出も併せて考えれば、コア事業の強みが希薄化しない程度の多角化という中庸に落ち着いたともいえる。

グループ経営の強化

事業再編と同時に、グループ経営の強化が進行していた。連単倍率の推移をみると、90年代半ば以降グループ化は着実に進展しているが、単体・連結売上高の推移から、近年のグループ化が、親会社のスリムな本体の維持と子会社部門のウェイト増加という特徴をもっていたことがわかる。

グループ化が進展すると、本社と子会社の企業境界の決定、および子会社ガバナンスのあり方が重要な問題になる。すなわち、どの事業を本体に留め、どの事業を子会社で展開するのか、そして、子会社に対してどのような影響力を行使するのかである。本体の事業部と子会社の権限委譲度を比較した結果、人事処遇面での差異が顕著であった。これは、長期雇用の維持には、グループ会社を含めた人事の柔軟性が重要であったという日本型雇用システムの伝統的見方と整合的である。

ところで、企業のグループ展開に関しては、ひとつの注目すべき傾向がある。それは、分社化の傾向が一服し、近年では、子会社の親会社本体への吸収合併や、100%子会社化の動きが増加していることである。分社化は、経営の意思決定に関する自由裁量を付与することで子会社のインセンティブを高める効果がある反面、過度のグループ展開は、子会社のグループ戦略からの乖離、統一性の欠如、事業領域の重複、本社と子会社間の情報の非対称性の問題などを深刻化させる。その結果、子会社のコントロールや調整のコストが増大する。90年代後半には、事業集約による本体のスリム化を背景に分社が活発化したが、今度は逆に、グループ経営の強化を背景に本体への吸収合併や完全子会社化が進められている。この傾向は、過度の分権化の修正プロセスとみることができる。日本企業のグループ経営もまた、権限委譲に関するトレード・オフに関して、分権化に伴うインセンティブ重視と集権化に伴うコントロール重視との間でバランスを探っている。

内部組織の洗練化

企業の組織構造に関しては、カンパニー制の採用が一服したこと、および純粋持株会社の採用が着実に増加したことが近年の特徴である。その結果、企業の内部組織は、伝統的な職能別と事業部制に加えて、カンパニー制や純粋持株会社も認知度を上昇させており、多様性が増した。その中で、全体的には分権型組織(事業部制・カンパニー制・持株会社)の採用が増加の傾向をみせている。しかし、より重要なのは、組織構造という"形"の変化ではなく、"中身"の変化が進展したことである。事実としては、社内資本金制度や社内倒産制度を導入する企業が着実に増加していることが重要である。

通常、権限委譲はインセンティブを高める効果を持つ。意思決定の自由裁量を与えた方が、やる気が出るからである。しかし同時に、コントロールの問題が重要になる。結果責任を問わない権限委譲は、単なるフリーハンドの付与であり、モラルハザードの危険性を高めるからである。今回の調査結果でも、社内資本金制度を導入している企業のほうが、事業部門に対する権限委譲度が高くなっていた。権限委譲とモニタリングは、補完的な関係にあるのである。

したがって、近年の組織戦略に関しては、形式的な組織形態に劇的な変化はなかったが、先行していた分権化組織の採用に、理論上整合性の高いモニタリング手法の整備が進んだことが特徴であろう。この意味で、内部組織の洗練化が図られたといえる。ただし、過剰なモニタリングがやる気を失わせるという可能性もあるため、権限委譲によるインセンティブ向上とモニタリングによる規律づけのバランスが重要である。

戦略の柔軟性と機動性

90年代以降、大きな外部環境の変化に直面した日本企業では、柔軟性と機動性が重要な戦略要素となった。企業は、事業ポートフォリオの「選択と集中」と同時に、雇用ポートフォリオの「選択と集中」も進めていた。これは、日本型企業システムで重要なステークホルダーとして位置づけられる正規従業員の選別であり、その結果としての非正規従業員の増加である。非正規従業員のウエイト増加は、「選択と集中」における既存事業からの撤退、すなわち雇用の下方調整を伴う可能性の高い戦略決定の実行能力を高めただけでなく、固定費的性格の強い人件費の弾力性を高めることで、事業領域を絞り込み、本業集約的になった事業ポートフォリオの抱えるリスク分散問題にも対処したとみられる。

一方、多角化の方法は従来、既存の経営資源(特にヒトや技術)をテコにして新分野へ進出するという内部拡大が主流であった。しかし、この方法は非正規従業員のウエイト増加とは相容れない。近年のM&Aを活用した外部拡大の一般化は、雇用ポートフォリオの変化とも整合的であり、事業戦略における拡大方向への柔軟性と機動性を高めたといえる。なお、小さな本社の維持とグループ子会社の活用といった企業間関係のあり方も、そして純粋持株会社の採用も、戦略展開の柔軟性と機動性を高める施策と考えられる。

2002年以降、日本経済の景気回復は長期化の様相を呈しているが、その背後では依然として、事業再編、グループ経営、組織設計における"バランスの模索"が続いている。今後は、日本企業の事業戦略・グループ展開・組織選択が、内部ガバナンスの改革や外部ガバナンスの変容とどのような関係に立つのか、また、経営パフォーマンスに与えた影響などを検討し、日本企業の戦略とガバナンスに関する総合的理解を高めたい。

2007年12月26日

著者プロフィール

2007年より現職。2002年千葉商科大学商経学部専任講師、2005年同助教授。研究分野は、経営学、コーポレート・ガバナンスなど。

2007年12月26日掲載

この著者の記事