多角化とグローバル化の進展による事業構造の複雑化
近年、日本を代表するような大企業が業績低迷に苦しんでいる。特に、総合電機など多くの事業部門を抱える多角化企業の苦戦が目立つ。多角化やグローバル化の進展に、従来の経営システムが遅れをとっているようにもみえる。
日本企業の多角化路線は、90年代初頭のバブル崩壊直後に一旦は修正されるが、実はその後90年代を通じて進展していた。多角化は特に大企業で顕著であり、しかも関連多角化だけでなく、非関連の多角化も進展していた。そして、97年の銀行危機以降は、事業の「選択と集中」がブームになり、多角化は2002年頃から安定化した。
本業で培った技術、ノウハウ、スキル、ブランドなどを活用して本業との関連性が高い事業に多角化する場合は、シナジー効果が得やすく組織パフォーマンスの向上に寄与する可能性がある一方、本業との関連性が低い事業に多角化する場合は、リスク分散や高い成長率の達成などの利点はあるものの、シナジーが得られず組織効率が低下する可能性も高い。Lins and Servaes(1999)、平本(2002)など、多角化が経営の非効率を招くことを示した先行研究も多い。
分権的な組織形態の導入と巨大化した日本企業
Chandler(1962)が、多角化とともに事業部制組織(Multidivisional Form)の採用が進むことを示したように、一般的に、多角化やグローバル化によって事業構造が複雑化すると、これに対処するために分権的な組織形態の採用が進展する。多角化によって事業構造の多様性が高まり、個別の製品市場への迅速な対応が必要になると、現場情報に精通した各事業の責任者に戦略的意思決定の権限を委譲したほうが効率的になるからである。実際に日本企業でも、事業構造の複雑化に対応して、社内カンパニー制などの分権的組織の導入が進んだ。分権化経営である。さらに、97年の銀行危機以降2002年頃まで活発に行われた分社化も、分権化の1つの形態と理解できる。
2000年以降になるとM&Aも活発化し、その結果、大企業を中心にグループ化が大きく進展した。東証一部上場企業の総資産上位200社でみると、連結子会社数(平均)は90年の48社から05年には127社まで増大し、売上高連単倍率は95年の1.51倍から05年には2.04倍まで上昇した。企業のグループ組織は、以前に比べはるかに巨大化したのである。
重要性を増した事業ガバナンスとパフォーマンスへの影響
これらの戦略展開の結果、統括本部・親会社がいかにして傘下の事業組織(事業部や社内カンパニーなど)・子会社をコントロールするかという問題の戦略的重要性が飛躍的に上昇した。すなわち、事業ガバナンス、あるいは子会社ガバナンスのあり方が、組織パフォーマンスを左右する大きな要因として浮上したのである。
この事業ガバナンス問題、特に子会社ガバナンスのあり方とパフォーマンスの関係を分析した伊藤・菊谷・林田(2002)は、子会社の権限・責任の増大が、モニタリングの強化を伴うときに、パフォーマンスが高まることを実証した。この結果は、組織パフォーマンスを高めるためには分権化だけでなく、モニタリングの強化も重要であることを示唆する。
また、青木・宮島(2011)も、事業部や社内カンパニーなどの親会社の内部組織よりも完全子会社の方が分権度が高いこと、多角化が分権化を促進することを再確認するとともに、親会社の内部組織に関しては分権度が高いほどモニタリングも強いという関係が確認できるが、子会社に関してはこの関係が確認できないことを発見した。この結果は、子会社ガバナンスでは分権化に応じたモニタリングの整備が遅れている可能性を示唆する。
分権化のコストとベネフィット
他方、分権化にも疑問符が付く。Aghion and Tirole(1997)は、権限委譲には部下のもつ豊富な情報を意思決定に活用できるというベネフィットがある一方で、与えられた権限が部門利益を優先する視点からの意思決定に用いられ、時に全体最適から外れてしまうというコストが存在することを議論している。その他にも分権化には表1のようなメリット・デメリットがある。分権化は、部門トップのインセンティブを高めるとともに、意思決定をスピード・アップし、迅速な市場対応を可能にする。他方、権限を与えられた事業組織がそれぞれ自由に戦略展開を図ると事業内容に重複が発生したり、間接部門が肥大化したり、部門間の調整に多くのコストが必要になる。
行き過ぎた分権化の可能性
このように分権化には、事業トップのインセンティブ効果と意思決定機能の向上といったメリットがある一方で、コーディネーション・コストが増大し、シナジーが失われるなどのデメリットがある。実際、一度は社内カンパニー制を導入したものの、再び事業部制に戻す企業も散見される。主な理由は、事業間の連携不足などの縦割り組織の弊害、全社的視点の喪失、研究開発やマーケティングなどの機能重複、間接部門の肥大化などである。これらのケースは、分権化のコストがそのベネフィットを上回るほど大きくなってしまう場合があることを示唆する。
1つ興味深い点は、冒頭で述べたように、2000年代の初めに多角化が一段落した後も、実は戦略的意思決定の分権化がさらに進展していたという事実である。表2は、事業単位の戦略的意思決定の分権度を、2002年のアンケート調査(宮島・稲垣(2003))と2007年のアンケート調査(青木・宮島(2011))で比較したものである。各意思決定について、「本部が決定」に1点、「本部の意向を多く反映」に2点、「事業単位の意向を多く反映」に3点、「事業単位が決定」に4点が付与されており、平均値が高いほど分権度は高くなる。回答企業が完全に同一ではない点に注意が必要であるが、事業単位に対する分権度は、「重要な組織変更の決定」が集権化している以外は、2002年時点よりも2007年時点の方が分権度が高く、分権化が進展していたことが分かる。
戦略的意思決定の分権度を構成する個別の意思決定項目を比較。
サンプル数は次の通り。2002年アンケート:事業部268-273社、社内分社組織48-50社。
2007年アンケート:事業部76-79社、社内カンパニー12社。
この多角化に起因しない分権化は、分権化が適度な水準を超え、そのコストが無視できないレベルに達している可能性を示唆する。そして、実態面では、社内カンパニー制から事業部制への揺り戻しという企業の選択を説明する。
今後は、モニタリングがパフォーマンス向上効果をもつのか否か、そして行き過ぎた分権化の弊害が確認できるのか否かなど、分権化やモニタリングといった事業ガバナンスのあり方と組織パフォーマンスとの関係を検証していく予定である。