Research & Review (2006年4月号)

女性の労働力参加と出生率の真の関係について-OECD諸国の分析と政策的意味

山口 一男
客員研究員/シカゴ大学社会学部教授

OECD諸国における特殊合計出生率(TFR)と女性の労働力参加率(FLPR)の関係の方向と強さを示す相関係数の値は、1980年以前は負であったが、1980年代を経て1990年代以降、正に転じたことはよく知られている。かつては女性の労働力参加率の比較的低い国が出生率が高かったのが、現在では、女性の労働力参加率の高い国が出生率も高くなっているのである。係数は1980年代に次第に変化し、1986年頃を境に負から正へと逆転している。

これにより欧州諸国やわが国では、「女性の労働力参加の増加はかつては出生率の減少をもたらす傾向にあったが、現在はむしろ出生率増加をもたらし、少子化傾向の歯止めの役割を果たす」といった説が提唱されるようになった。しかしその理論的根拠は曖昧といえる。変化のメカニズムが解明されないまま事実としてそうだからという議論である。有配偶女性にとって常勤の仕事と育児は両立が難しい、という「常識」から考えて、納得いく説明は提供されてこなかったのである。

これに対し、重大な意味を持つ2つの論文が2004年、ドイツのマックス・プランク研究所の研究員で経済人口学者であるケーゲル(Kogel)とその共同研究者によって発表された。彼らは、OECDの各国には出生率に影響を与える観察されない固定要因があるという仮定のもと、その影響を取り除く「国別固定効果モデル」という統計モデルを用いて分析した結果、
(1)OECD諸国内で女性のFLPRとTFRの関係は現在も依然負の関係であり、平均的には、女性の労働力参加の増大は出生率の低下と結びついているが、
(2)その負の関係は、以前は強かったのが1985年以降弱まった、
と結論づけた。つまり、正の関係は見かけ上のことで、実際には負であるがそれが弱まったという結論である。しかし彼らはその弱まりがどのように起こったのかを解明せず、新たな研究課題を残した。即ち、「1980年以前、女性の労働力参加の増加は出生率の減少を生み出す強い傾向にあったが、その影響の大きさが弱まったとすればその理由は何か?」という問いである。TFRとFLPRの関係が現在も負であるなら、少子化対策と男女共同参画の推進は政策的に矛盾しかねず、はなはだ望ましくない。従って、両者の負の関係を弱めた原因を解明し、政策に反映させることが急務である。

以下はこうした動機にもとづき、著者が経済産業研究所の客員研究員として行った研究結果(詳細はDP「女性の労働力参加と出生率の真の関係について-OECD諸国の分析」を要約し、その結果が政策に意味するところを議論する。

理論的仮説

女性の労働力参加と出産・育児との関係で最も重要と思われているのは、出産・育児の機会コストの理論である。ここでの機会コストとは、有業女性が出産・育児によって離職したり、常勤からパートタイム就業に転職したりすることにより生じる、現在および将来的な所得の減少をさす。

出産・育児の機会コストを決めているのは次の3つの要因の組み合わせである。1つめは、教育や職業経歴などの個人の資質や、男女差別などの社会的制約により定まる個人の所得獲得能力であり、所得獲得能力が高いと機会コストは高くなる。第2の要因は出産・育児によって離職やパートタイムへの転職を余儀なくさせられる度合いであり、この要因を特に規定するのは、女性の立場からみた仕事と家庭の役割の両立し易さである。この役割両立度は、
・家族環境(夫が家事・育児を共にするなど)
・職場環境(就業時間や場所に柔軟性があるなど)
・地域環境(託児所施設が十分にあるなど)
・法的環境(育児休業が保証され所得補償が十分にあるなど)
といった様々な社会環境に依存する。役割両立度が高ければ出産・育児の機会コストは低くなる。

第3の要因は、常勤からパートに変わると給料が大きく下がったり、離職すると同種の職に復職が難しくなったりするなど、労働市場で柔軟な働き方ができない度合いであり、この要因を規定するのは主に雇用慣行の特性である。育児による離・転職に伴って、再就職の機会や所得が減る度合いが大きいほど、出産・育児の機会コストは高くなる。

出産・育児の機会コストを決めているこれらの要因を、先ほどの、FLPRとTFRの負の関係が、1980年代を過渡期としてそれ以前の強い関係から1990年以降弱い関係に転じたというケーゲルの説と結びつけると、いかなることが言えるだろうか。この時代OECD諸国では、女性の所得獲得能力は高まっており、その意味では出産・育児の機会コストは上昇したはずだが、実際には他の要因である役割両立度や柔軟な働き方ができる度合い(あわせてワーク・ファミリー・バランスというが以下単に「両立度」という)が高まったせいで機会コストは減少したとの仮説が成り立つ。他の条件が同じであれば、機会コストが低くなるほど女性の就業が出生率を低下させる傾向は弱まると考えられるからである。そこで筆者は、この仮説をより具体化し、次の2つのメカニズムの仮説について実証を行った。

<仮説1(交互作用効果仮説)>
女性の労働力参加率と出生率の負の関係は、両立度に依存し、両立度が高ければ負の関係は弱まる(仮説A)。現在は1980年以前に比べ両立度が高いので負の関係も弱まった(仮説A')。

<仮説2(相殺的間接効果増大仮説)>
女性の労働力参加率の出生率への影響は、直接的な負の影響の他に、次の(1)と(2)の結びつきによる間接的な正の方向の影響がある。すなわち、(1)労働力参加率が比較的高いOECD諸国において、時代と共に両立度が高まった(仮説B)。(2)両立度が高いほど、出生率は上昇する(仮説B')。そして現在は1980年以前に比べ両立度が高いため、負の直接効果を部分相殺する正の間接効果が高まり、負の関係が弱まった(仮説B")。

このうち仮説A'とB"は、仕事と家庭の両立度がOECD諸国平均で高まったことに関するものだが、今回は分析の対象からはずした。各国における両立度に関する1980年以前の数値が得られないからである。1980年以前は「家族に優しい職場環境」や「ワーク・ファミリー・バランス」という概念すらなく、育児休業の法的保証も多くの国においては存在しないか現在より限定されたものだったことから、当時両立度が低かったことは自明である。その他の仮説A、B、B'については、指数が得られたOECD18カ国のデータを用いて検証を行った。また、ケーゲルらの先行研究に倣い、OECD各国で出生率に影響を与える、観察されない固定要因があるという仮定のもとに、国別固定効果モデルを用いた。

分析結果

その結果得られた主な内容は次の通りであった。
<結果(1)>
女性の労働力参加率の高さは、OECD諸国平均で、依然として低い出生率と結びついている。
<結果(2)>
仕事と家庭の両立度が高いと、出生率は増加する。
<結果(3)>
女性の労働力参加率増加の出生への負の影響は、仕事と家庭の両立度が高いほど減少し、両立度が十分高ければ効果は0になる。
<結果(4)>
1980年以前から女性の労働力参加率が既に高かったOECD諸国において、仕事と家庭の両立度は現在高いが、一方、女性の労働力参加率が1980年以降に増大した他の国における両立度は、現在も比較的低い。

これらの発見は、前述した仮説がともにデータによって支持されたことを示す。結果(1)と(3)からは仮説Aが、結果(2)からは仮説B'が、そして結果(4)からは仮説Bがそれぞれ証明された。

しかし、2001年の「OECD Employment Outlook」によれば、両立度指数は実はさらに複数の要素からなっている。そこで、分析をより緻密なものにするため、そうした要素も考慮し、両立度を「仕事と育児の両立度」と「職場と労働市場の柔軟性による仕事と家庭の両立度」(以下「職の柔軟性による両立度」)の2種類に分類した。「仕事と育児の両立度」は、5歳未満の子供を対象とする託児施設の利用度や、育児休業とその所得保障に関する両立度である。これに対し「職の柔軟性による両立度」は、フレックスタイム勤務の普及度や、質の良いパートタイム就業を表すと考えられている自発的パートタイム就業の普及度を含む。その結果、前記の結果(2)、(3)、(4)について、次のような結果が得られた。

<結果(2)の厳密化>
「仕事と育児の両立度」と「職の柔軟性による両立度」は、ともに出生率を増加させるが、後者が与える影響のほうがより大きい。
<結果(3)の厳密化>
女性の労働力参加率増加が出生率に与える負の影響は、「職の柔軟性による両立度」に依存しており、この両立度が高まると弱まるが、「仕事と育児の両立度」には関係していない。
<結果(4)の厳密化>
1980年以前に既に女性の労働力参加率が高かったということは「仕事と育児の両立度」と強く相関しているが、「職の柔軟性による両立度」とはそれほどではない。結果(4)について補足すると、託児所の充実や育児休業など「仕事と育児の両立度」は1980年時点で女性の労働力参加率が高かった国々において主として高められたが、職場や労働市場の柔軟性による両立度のほうは女性の労働力参加率の高さにつれてもたらされたわけではないということである。これらの結果、交互作用効果仮説(A・A')は、「職の柔軟性による両立度」の役割にのみ成り立ち、相殺的間接効果増大仮説(B・B'・B")は「仕事と育児の両立度」の方にのみ成り立つという形で、2種類の仮説と2種類の両立度の役割が1対1で対応するという、興味深い結果となった。

政策への意味

ここでまず、日本における仕事と家庭の両立度は、分析対象となった18カ国中、最下位のギリシャに次いで2番目と、依然低い状態にあることを指摘しておくべきだろう。もっとも、評価に用いられた指標は1990年代後半の状況を反映したものであり、日本の場合は、その後、育児休業法改正や新エンジェルプランなどにより仕事と育児の両立度を高める努力をしてきたので、評価時点よりは改善されていると考えられるが、未だ改善の余地は多い。

筆者は、最近の研究(「少子化の決定要因と対策について-夫の役割、職場の役割、政府の役割、社会の役割」『家計経済研究』2005)で、育児休業が取れる職に就いている有業女性の出生率が、専業主婦のそれと同程度か、むしろやや高い傾向にあり、逆に育休の取れない職に就いている場合、その出生率は専業主婦を大きく下回ることを示した。

育児休業は、アメリカやカナダのように、離職しても同種職への再雇用が容易な国々ではさほど重要な要因ではない。しかし、日本や南欧のように、いったん離職すると同種の職に復帰できる可能性が小さい国々においては、特に重要性が高いと考えられる。問題は企業側の協力だが、育休に対する企業負担が大きいと職員採用時に女性を差別したり、育休を取ろうとする女性を差別する可能性がある。企業の負担感を増すことなく、多くの人が育児休業を取りやすい社会環境を作りだすことが、極めて重要である。このあたりの詳細は、経済産業研究所ポリシー・アナリシス・ペーパー(PAP)6号「少子化の決定要因と具体的対策-有配偶者の場合」で紹介したので省くが、企業にインセンティブを与えるため、育休取得実績に基づく補助金制度をとり入れるほか、優良企業を奨励・宣伝するといった方法も考えられよう。

一方、今回の分析で明らかになったのは、政府が従来力を注いできた託児所の充実や育児休業(「仕事と育児の両立度」)の他に、「職の柔軟性による両立度」を図ることが重要だということである。この両立度は、「仕事と育児の両立度」以上に出生率増大に貢献するだけでなく、女性の労働力参加の増大が与える出生率低下傾向を直接弱める効果を持つからである。2005年施行の次世代育成支援対策法は、働き方の見直しについての企業の役割を含んでおり、方向性としては正しい。今後具体策を明確化していく上で、たとえばフレックスタイムや在宅勤務など時間と場所に柔軟な職場を拡大したり、質の高いパートタイム就業を拡大すること、および離職者の再雇用機会を拡大するといったことが考えられるが、これらの措置を特に女性の人材活用のあり方という観点から考慮し、次のような点を指摘しておきたい。

まず、フレックスタイムのような勤務体制は、仕事の結果が勤務評価に反映される専門技術職などには導入しやすい。しかし、導入しにくい他の職業ではどうすればよいだろうか。一案として、総合職と一般職の区別を廃止するという制度改革を行ってはどうだろうか。こうした区別は間接的な女性差別につながり、一般職女性の十分な活用を妨げ、勤務に柔軟性をもたせにくい状況を生みだしているからである。そのかわり、従来の「会社員」である「総合職」と、欧米型の企業内職務キャリア型の「専門・職務キャリア職」の区別を導入し、後者の就業に時間・勤務場所の柔軟性を持たせれば、同時に女性活用を図る効果も期待できる。

次に、「質の高いパートタイム」とは、勤務時間が少ないことによる給料差があることを除けば、雇用の安定や健保・年金などのベネフィット面で常勤者と同等の待遇を受けるパート就業をさす。オランダでは、企業は労働者の勤務時間量によって給与に格差をつけることはできるが、それ以外の事由でフルタイムとパートに格差を設けることは違法とみなされる。正社員に諸手当など多くのフリンジベネフィットを与えている日本にオランダ方式をそのまま導入することは無理があるかもしれないが、常勤とパートの間の格差是正をめざすことが望ましい。

再雇用を拡大する具体策としては、育児や介護を理由とする離職者に対し、米国の「先任権」に似た制度を適用することが考えられる。先任権とは、企業側の都合で一時帰休させた労働者を、過去の勤続年数に応じて呼び戻す制度である。日本の企業が企業内訓練を受けた離職者を再雇用しないのは、企業への忠誠心を重んじる文化での懲罰的意味合いが大きいが、人材活用の観点からすると合理性がない。少子高齢化社会にあっては、育児・介護を理由とする離職は忠誠心以上に正当性があり、これら離職者が復職を希望した場合、勤続年数や離職期間(例えば5年以内)が一定の条件を満たせば、優先的に常勤再雇用の道が開かれる「育児・介護離職者先任権制度」の確立を推奨したい。

職場や労働市場の柔軟性の拡大は、日本の現状に即した様々な創意工夫が必要だが、ワーク・ファミリー・バランスを図るのは、単なる家庭の問題ではなく、企業の社会的責任でもあるという認識が重要だ。女性の人材活用の拡大という観点ともあわせて、今後の制度改革が強く望まれる。

2006年4月27日掲載

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