Research & Review (2003年7月号)

多様化する日本企業の統治構造─高まる機関投資家への期待とガバナンス評価の試み

宮島 英昭
ファカルティフェロー

第二の転換期

日本企業の統治構造はいま大きな転換期を迎えている。第二次大戦から戦後改革期にかけて、株主権限の強かった戦前の企業統治構造が、従業員と金融機関のコントロール権の強い「日本型」と呼ばれる構造に大きく転換した(第一の転換期)のに続く、第二の転換期といってもよい。現在RIETIでは、「法制度と経営の補完性」研究会を組織して、90年代における日本企業の統治構造の多様化の実態、その変化の動因や企業経営への影響、そして、将来の統治構造の設計などについて研究を進めている。本論ではまず、日本企業の統治構造の多様化の論理を整理し、次にそこから引き出される近年の統治構造改革の焦点を示す。最後に、企業統治の状態を相対評価するツールとして、筆者が開発に参加した企業統治評価システム(Corporate Governance Evaluation System: CGES)を紹介することとしたい。

メインバンクの後退

日本型企業システムは、内部昇進者からなる取締役会の構成、広範に分散した株主構成と経営者による安定株主の安定化、資金調達におけるメインバンクの主導的な役割などによって特徴づけられる。このシステムが効率性を維持する上で鍵となっていたのは、メインバンクの役割であった。執行者と監督者が同一である取締役会の構成や、外部からの圧力を緩和する安定株主の存在は、経営者自らがその代表である従業員集団にとっては好ましいが、株主や社会にとって問題のある、収益の低い非効率的なプロジェクトに投資するというインサイダー・コントロールの可能性をはらむ。この潜在的なモラル・ハザードを抑制したのがメインバンクによる規律であった。メインバンクは貸出先に変調があらわれると監視を強め、財務危機に直面するとその経営権を事実上奪取して、再建を主導した。経営者はこの経営介入への脅威のために、経営努力を続けたのである。青木昌彦(RIETI所長)によって状態依存的ガバナンスと定式化されたこの関係は、われわれの実証分析でも、60年代後半から70年代の日本企業について明瞭に確認できた(※1)。

しかし、このメインバンクによる規律は80年代半ばから静かに機能を転ずることとなった。規制緩和が段階的に進み、社債による資金調達が選択できるようになると期待収益が高く、倒産リスクの低い優良企業が社債依存を強める一方、期待収益が低く、倒産リスクを考慮せざるを得ない企業が銀行借入に依存するという分化が進展した。この結果、メインバンクが影響を行使できる企業の範囲が狭まった。

しかも、より重要なことは、資金面でメインバンクに依存する企業群であっても、メインバンクの企業経営への規律が弱まったことである。まず第一に、バブル期の、特に成熟企業では、メインバンクとの関係が深ければ深いほど、また金融機関の株式保有率が高ければ高いほど、過剰投資が発生していた。すなわち銀行は、投資機会の乏しい企業にも無理な貸し出しを行った可能性が高い。第二に、優良顧客の流出によって余剰資金の発生した銀行は、新規開拓先に借入の拡大を勧奨したと見られる。不動産担保金融によって、不動産・建設・ノンバンクに過剰な貸し出しを行ったことはよく知られている。第三に、バブルが崩壊した90年代前半には、先の三部門では、期初の負債水準が高いほど投資が拡大したという結果が明らかになっている。これは、負債比率の上昇した企業が、成長機会が低下しているにもかかわらず、拡張的な投資を行って局面の打開を図るというある種のギャンブルを試み、これを、銀行部門が支えたことを示唆する。いわゆるソフトな予算制約と呼ばれる事態が発生していたのである(※2)。

持ち合いの解消

さらに90年代に入ると、それまで同質的だった日本企業の株式所有構造が変化した。株価の低下と、国際分散投資の拡大を背景に、海外機関投資家が日本株の組み入れを増加させ、90年代前半の買い越し主体となった。

外国人株主の増加は、企業経営者にROE(株主資本利益率)を重視した経営、透明な経営を求め、これまで維持されてきた持合や、執行と監督が未分離な取締役会の再検討を迫る圧力となった。しかも90年代半ばから、一部金融機関の破綻や住専問題を背景に銀行株が、Topixの下げ幅を大幅に越えて下落し、日本企業は戦後初めて銀行株保有を自らの選択する問題として意識するようになった。97年末の金融危機以降、低利回りと高リスクはさらに顕著となり、他方、連結財務諸表制度の導入や、時価会計導入の具体化は、企業に保有銀行株の処分を迫った。

もっとも、保有株の売却は持ち合いの解消につながるため、企業経営者にとって重大な決断であった。負債比率が低く、社債による資金調達が可能で、借入れ依存度の低い企業が銀行株の売却を進め、他方、負債比率が高く、社債発行ができず、借入依存度の高い企業が金融機関株の保有を続けた。つまり、外国人投資家の投資対象となるような企業は、格付けや株価を維持するために、保有リスクの上昇した金融機関を中心とする持ち合い株の処分を始めたのに対し、外国人投資家の投資対象とはならず、資金調達を金融機関に依存している企業は、潜在的な乗っ取りの可能性が高まる中で、金融機関株の保有を継続した。

事業法人による金融機関株売却が進むなか、金融機関も株式売却を進めた。その際、金融機関は、長期の融資関係にある企業の株式保有を続ける一方、期待収益の高い企業の株式を売却する傾向を強めた。不良債権処理のために償却原資を捻出する必要が強まった銀行部門は高株価企業の株式を売却し、高収益の事業法人ほど高リスクの銀行株売却に積極的であったという先の事情がこの選択を支えた。この結果、90年代末には、株式の持合を解消する高収益企業群と、それを維持する低収益企業群に分化することとなった(※3)。

複数均衡と改革の焦点

企業は並行して執行役員制の導入や、ストックオプションの導入、情報公開の積極化など内部統治システムの改革に取り組んだ。しかし、こうした改革も一様に進展しているわけではない。海外事業展開が進み、市場ベースの資金調達が進展し、海外機関投資家の株式保有比率の高い企業が改革を試み、マーケットにシグナルを送ろうとしているのに対して、規制に守られ、資金を市場から調達することが少なく、依然持ち合いを維持する企業群はそうした取り組みが鈍い。こうして、同質性が強かった日本企業は、資金調達面、株式所有構造面、あるいは、内部統治システム面のいずれも大きく多様化している。

以上のことから当面、日本企業の再生に向けた政策努力の標的となるべきは、資本市場への依存度が低く、持ち合いの解消が遅れ、内部統治システムの改革にも積極的でない企業群である。90年代は外国人投資家など経営にプレッシャーを与えうる株主による保有比率の高い企業の経営成果が良好であったのに対して、持ち合い株主や銀行など安定株主の保有比率の高い企業のパフォーマンスが低いという研究結果が報告されている。これらによれば、90年代初頭に銀行との関係が深かった企業群では、持ち合い関係の維持が合理的に選択されて経営の規律が働かない状態が継続した結果、経営の成果が上がらないまま、資本市場の評価も改善せず、持ち合い解消を促すような株式市場や格付けの圧力が加わらないという循環に陥っていることになる。従来からのメインバンク関係・相互持ち合いの維持を自ら選択し、経営者の規律が有効に作用しない企業群は、その内包する劣位の均衡から脱却する内生的な要因に乏しいだけに、これらの企業の統治構造をいかに再建していくかが当面の緊急課題といえる。

改革の圧力と監視能力の涵養

この劣位の均衡からの脱却をいかに促すかという問題に対して、政策に期待される役割は大きい。産業再生機構は、メインバンクのモニタリング機能をある程度まで回復させることが期待できよう。また、2002年1月に施行された銀行に対する株式保有制限法は,持合構造に対して外部から金融行政が与えた1つの圧力である。銀行株買取機構や、日銀の銀行保有株買い取りと合わせて、持ち合い解消には徐々に筋道がつきつつある。さらに、昨年の商法改正による委員会等設置会社の選択や、現在東証で検討中の上場ルールの見直しなども、劣位の均衡に陥っている企業群が企業統治構造を見直す契機となろう。

では、誰が企業統治の担い手になるべきか。1つの候補は、これらの企業がその資金を借入れに依存している以上、メインバンクでなければならない。しかし現在、メインバンクのモニタリング能力に翳りが出ている。第一に、80年代半ば以降の土地担保金融に依存した貸出しが、銀行の審査能力を低下させ、90年代後半以降の不良債権問題の深刻化は、銀行部門のエネルギーを債権回収に偏らせることとなった。第二に、メインバンクの介入による企業統治は、財務危機の際の救済とセットとなってはじめて実効力をもつが、銀行自身の財務体質の悪化がそれを困難にしている。実際、97年の金融危機以降、メインバンクがその強い交渉力を利用して顧客企業を過剰に規律(貸し渋り)しているとの結果が出ている(※4)。メインバンクのモニターは80年代後半から90年代前半に見られたソフトな予算制約から、一転して過度の予算制約(hard budgeting)の方向に振れた可能性が高い。いずれにせよメインバンクには、その監視能力のいち早い涵養が望まれるものの、短期的には多くを期待できない。

高まる機関投資家への期待

そこで、大きな期待がかけられているのが、年金運用などを行う機関投資家(信託銀行・保険会社・投資顧問会社など)である。高齢化とともに年金資産の蓄積が進み、株式投資が重要な運用対象となり、その保有比率も徐々に上昇している。これを背景に、機関投資家側も、顧客資産を忠実に注意深く運用するという受託者責任の意識が強まり、この受託者責任の一環として「経営への発言」(議決権行使など)に取り組む姿勢を強めている。

しかも、長期保有を原則としながら、経営効率向上のために経営者との対話、さらに議決権行使を進めるという方針をとっていることは、機関投資家の規律が、いわゆるウォール・ストリート・ルール(投資収益率の低い企業を直ちに売却する)に従う株式市場による規律にともなうコスト、つまり、経営者を近視眼的経営に向かわせるというコストを免れていることを意味する。

インフラ提供の要請

もっとも、機関投資家による適切な議決権行使は実は容易ではない。集中的に開催される株主総会の前に情報を収集・処理し、行使内容を意思決定するには多大な費用がかかる。また、入手できる情報は、原則として公開情報(public information)であり、それを議決権行使に有用な情報に変換するには、高度な加工・分析能力が必要である。

そのため、機関投資家は、議決権行使にあたって大きなコストを支払うことが避けられず、しかも、100社を超える運用会社がそれぞれ情報収集活動を行えばそのコストの社会的重複は無視できない。そこで、機関投資家の議決権行使に際して、図1の一次スクリーニングの部分に関して、使い勝手のよいシステムが開発・提供されれば、コスト負担を削減・緩和できる可能性が高い。

筆者が所長を務める早稲田大学ファイナンス研究所が取り組んでいるのは、こうしたガバナンス・アクションのためのインフラ提供である。同研究所は、すでに2年にわたってニッセイ基礎研究所と共同で、企業統治評価システム(CGES)の開発に取り組んできた。そのプロトタイプ版が、日本経済新聞社のデータ面・技術面での協力を得て完成し、先頃提供を開始した。

議決権行使における活用イメージ

CGESとは何か

この評価システムは、東京・大阪・名古屋の各証券取引所に上場する企業(ただし、新興市場企業、金融などは除く)約2200銘柄を対象としている。これらについて、ROE、投資収益率、取締役会の規模、持ち合い比率など83指標を相対評価して重み付けをすることで、8つの基本項目得点に集約する。この8基本項目は、資本効率、株式市場評価、安定性、株主・資本構成、取締役会(組織)、取締役会(行動)、株主還元、情報開示からなる。さらに、この8指標に重み付けを加えることで、図2のように、総合評点を算出できる。これによって、上場企業のガバナンスについて、共通の定量的基準からランクづけが可能となった。

このシステムでは、利用者が自由に評価ウエイトを選択できるように工夫した。各指標の重みを変えることで、利用者の考え方を反映した総合評点を算出してランキングしたり、ある企業を取り上げたレーダーチャートなどを用いてガバナンス状態を視覚的に把握することも可能である(※5)。

評価分析フレームワーク

いっそうの改善に向けて

本システムは、年金基金が、資金運用を委託した運用会社のガバナンス・アクションをモニターするツールとするなど、他の利用方法も考えられる。

今回の試作版では、情報開示や、取締役会の特性などについて、導入されている指標が不十分であり、資本の有効利用など改善の余地がある指標も多い。また、各指標間の関係も明確にする必要がある。この意味で、いまだ多くの課題を残すものの、実用に耐えるプロトタイプを一度世に問い、各方面の意見を参考に開発、ファイン・チューニングして、次年度以降の本格版提供につなげていこうと計画している。アカデミズムの成果を利用しつつ、日本企業のガバナンスを評価するシステムを提供しようとする試みは、わが国でもはじめての取り組みと思われる。機関投資家によるモニタリングに対する期待が高まっている現在、こうした試みが、何らかの形で実社会に貢献できればと期待している。(※6

脚注
  • ※1 AOKI Masahiko"Contingent Governance of Teams: Analysis of Institutional Complementarity," International Economic Review,35(3).宮島英昭・近藤康之・山本克也「日本企業における企業統治・外部役員派遣・企業パフォーマンス:日本企業システムの形成と変容」『日本経済研究』43。
  • ※2 以上の点に興味を持たれた方は、宮島英昭「日本的経営・企業行動」(2002)、貝塚啓明・財務省財務総合政策研究所編『再訪日本型経済システム』有斐閣を参照されたい。
  • ※3 宮島英昭・黒木文明「持ち合い解消の計量分析Mark?」、RIETI Discussion Paper 近刊。
  • ※4 この点は、今年1月にRIETIが主催した国際コンファランスで報告された。ARIKAWA Yasuhiro、SAITO Nao,Investment and Corporate Governance: Evidence from Japan in the 1990s,Confrence on Corporate Governance: Changing Profiles of National Diversity,RIETI,January 8-10,2003.
  • ※5 今回のプロトタイプ版では、まず、2002年度(2002年4月~2003年3月が対象決算期)の情報を4月(2003年3月時点で取得可能な情報)と6月初旬(2003年6月時点で取得可能な情報を更新)に、コンパクト・ディスクの形で提供している。
  • ※6 照合先は、早稲田大学ファイナンス研究所

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