やさしい経済学―動かぬ物価の深層

第7回 商品の新陳代謝

渡辺 努
ファカルティフェロー

今回は商品の新陳代謝の影響を考えよう。たとえばスーパーに並ぶカップめんをみても新しい製法・味付け・容器の商品が続々と発売されている。一方で以前よくみた商品が店頭から消えている。ロングセラーもあるが例外的だ。

商品の新陳代謝

こうした新陳代謝はPOS(販売時点情報管理)データで観察できる。バーコード単位で商品を定義するとスーパーの商品は20万-30万種類ある。図の棒グラフはこの定義に基づき全商品の何%が新たに生まれ(創出率)、何%が市場から退出するか(退出率)を示している。年平均前者が約35%、後者は約30%、単純計算で平均寿命は約3年である。

このことは、よく指摘される消費者物価指数(CPI)のような価格指数作成時の問題に深くかかわる。CPIは途切れない時系列でなければならず、ある商品が市場から消えた場合、性質がそれに最も近い商品を探しその価格でつなぐ。その際にさまざまな工夫がなされ統計技術が向上しているのは確かだが、新陳代謝が存在しないかのような、いわば仮の世界を作っていることに変わりはない。

この考え方では、新陳代謝も企業の価値戦略の一環だという重要な点を見逃しがちになる。企業にとって既存の商品の値上げは、液晶テレビや携帯電話など技術進歩の速い耐久財ほど困難である。一方、コスト削減には限界がある。そこで、収益確保への苦肉の策として新商品を投入して価格を適切な水準へ押し戻そうとするのである。

つまり新商品の投入は価格改定の一形態とみなせる。すでにみた商品の価格改定頻度とともに、商品の世代交代も価格粘着性の重要な指標になるのだ。米国を対象とした最近の研究では、すべての価格改定の4割が新陳代謝絡みであることが確認されている。

図で1990年代後半から低下した商品の純創出率(創出率-退出率)は、2004年に上昇に転じている。これは長期不況を脱し新製品開発投資が活発化したためと考えられる。この回復がなお続いているとすれば、直近で価格の押し戻しはCPIでみるより進んでいる可能性がある。

2007年8月10日 日本経済新聞「やさしい経済学―動かぬ物価の深層」に掲載

2007年8月27日掲載

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