やさしい経済学 ゼロ金利の解除

第8回 ルール対裁量

渡辺 努
ファカルティフェロー

金融政策の運営に関する古くからの論争に「ルール対裁量」がある。裁量とはそのときどきの判断に基づき政策を決定するスタイルである。一方、ルールは中央銀行が先行きどう行動するかを事前にアナウンスしておくスタイルである。市場への約束(コミットメント)ともよばれる。

日銀は1999年にゼロ金利政策を始め、その後この政策を「デフレ懸念が払拭されるまで」継続すると説明した(翌年いったん解除)。また2001年3月には「消費者物価上昇率が安定的にゼロを上回るまで」量的緩和政策を継続することを決めた(今春解除)。これらは中央銀行の将来の政策に関する約束で、ルールの色彩が濃い。

そうした約束はゼロ金利下で金融政策の有効性を確保するための苦肉の策だったといえる。コール翌日物金利はマイナスには下げられないが、金融緩和はそれで終わらない。明日または明後日さらには1年度のコール翌日物金利の水準について約束することで一段の緩和効果を得られる。市場が1年後までゼロのコール翌日物金利が続くと予想すると、足元の1年物金利がゼロに近づき、それが景気刺激効果を生むからである。

日銀の政策運営は、ゼロ金利への移行前には裁量の色彩が非常に濃かった。それを考えると、スタイル転換は非常に思い切ったものであったといえる。非常事態だからこそ可能だったのだろう。

ただ約束が有用なのは実はゼロ金利下だけに限らない。最近の研究によれば、一般に裁量よりもルール(約束)型の政策運営の方が高い経済厚生を実現できる。中央銀行自身が近い将来どんな行動をとるかをアナウンスすることで市場参加者の予想に働きかけ、現在の経済の状態に影響を及ぼすチャネル(予想チャネル=経路)が追加されると考えられるからである。いわゆるインフレ目標政策はこの一形態だ。一方、量的緩和策解除にあたり日銀が公表した「物価安定の理解」(目標値でも参照値でもないと強調されている)は裁量型への回帰の表れとみれなくもない。

将来の政策を今決めてしまえば先々政策選択の自由度を奪う。つまり政策の機動性と約束は相反する面がある。日銀が懸念しているのもこの点だが、人々の予想の揺れが大きく金利を動かす現代の市場構造を前提とすれば、先述のチャネルは大切にすべきではないだろうか。

2006年6月14日 日本経済新聞「やさしい経済学 ゼロ金利の解除」に掲載

2006年6月21日掲載

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