やさしい経済学 ゼロ金利の解除

第6回 インフレ課税

渡辺 努
ファカルティフェロー

ゼロ金利解除(金利引き上げ)をめぐっては、膨大な債務を抱える政府が国債の利払い膨張への懸念を示して、早期の解除をけん制している。今回は利上げと財政再建のバランスを考えてみよう。

これを考えるために「ラムゼー課税(ラムゼーは提唱者の名)」とよばれる考え方を紹介しよう。いま政府が1億円の税を集める必要があり、いくつかの商品への物品税で徴収しようとしているとする。どの商品にどんな税率を設定すればよいだろうか。

答えは単純である。需要の価格弾力性の小さい(値上がりしても需要は減りにくい)商品の税率を高くし、消費者が価格変化に敏感に反応する弾力性の大きい商品の税率は低くすればよい。この基準に従って様々な商品に広く浅く課税することにより納税者の経済厚生(豊かさ)の悪化は最小限にとどめられる。

このラムゼー課税の考え方は所得税にも応用できる。金融政策との関連で最も関心があるのは「インフレ課税」への応用である。これは、個人や企業のもつ国債についていえば、物価上昇分だけその資産価値が実質で目減りし、それが政府への所得移転となることを指す。

500兆円を大幅に上回る国債の償還財源を長期的にどう確保するかを考えると、一部は所得税などの増税で賄われるだろうし、消費税増税で賄われる分もあろう。しかし、それでは追いつかないため増税の選択肢にインフレ課税も含めて考えてよいのではとの主張もある。中央銀行は通常より緩和気味の金融政策をとることでやや高めの物価上昇を促し、応分のインフレ課税を実現させるという案だ。今の議論でいえば、まさにゼロ金利をより長く継続したり、ゼロ金利解除後の利上げのピッチを緩やかにすることがそれに相当する。

しかし、この議論には強い反論がある。国債の負担抑制のために中央銀行が支援すると、政府の財政再建への意思が弱まってしまうと懸念する声が多い。つまり、強固な財政規律をもつ政府には先の議論が当てはまりやすい半面、規律の不十分な政府には金融政策からの支援は逆効果になりかねない。財政再建の意志の弱さが露呈し始めれば、中央銀行による支援どころか市場の反乱に遭って国債金利が急騰し、結局財政危機がさらに深刻になる恐れがあるからだ。財政規律が不十分な場合には、ルール(財政収支目標の設定など)の導入などにより規律を高めることを最優先すべきであろう。

2006年6月12日 日本経済新聞「やさしい経済学 ゼロ金利の解除」に掲載

2006年6月21日掲載

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