やさしい経済学 ゼロ金利の解除

第1回 自然利子率

渡辺 努
ファカルティフェロー

日本銀行はいつゼロ金利を解除するのか、解除後の金利の引き上げはどの程度のピッチでどこまで進むのか。本稿では、金融政策をめぐり最近活発になっているこうした議論を、経済学の基本的な考え方から解剖していきたい。

ゼロ金利の問題を考えるうえで特に重要な概念は「自然利子率」である。19世紀末にスウェーデンの経済学者ヴィクセルが提唱した概念だが、長らく注目されず、有用性が再認識されたのは10年ほど前で、ウッドフォード現コロンビア大教授らの研究を通してである。

自然利子率とは、様々な価格が需給を反映して瞬時に調整されるという仮の世界で成立している実質の利子率のことである。この仮想経済では、各商品の需給が一致しているため、効率的な資源配分が実現している。したがって、自然利子率は望ましい資源配分を実現するための実質利子率の水準といえる。

むろん現実の経済では価格は瞬時に調整されない。では現実経済で成立する実質利子率を自然利子率に一致させるにはどうすべきか。それには中央銀行が名目利子率を自然利子率の水準に誘導しさえすればよい。これにより物価上昇率がゼロで、同時に実質利子率が自然利子率に一致するという一挙両得の状態を実現できる。つまり、名目利子率をたえず自然利子率に一致させるように政策を運営することで物価安定と効率的な資源配分を実現できるのであり、その意味で自然利子率は金融政策の重要な羅針盤である。

この自然利子率と実際に観察される利子率のかい離の程度(前者がマイナスのときでも後者は名目でマイナスになれないといった問題も含めて)に着目すれば、そのときどきの金融政策が適切かどうかを判断する手掛かりも得られ、政策論争もかなり整理しやすくなる。

たとえば、次回みるように円高、バブルの生成・崩壊、デフレと日本経済が揺れに揺れた1980年代後半以降、現在に至るまで、金融政策をめぐって論争がエスカレートした重要な局面において、この自然利子率の観点から何が適切な判断だったのかもうかがえる。さらには、現在のゼロ金利解除のあり方などについても、基本的な考え方を示すことができるのである。

2006年6月5日 日本経済新聞「やさしい経済学 ゼロ金利の解除」に掲載

2006年6月21日掲載

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