金融政策のルールとしてインフレ目標の導入を強く主張する論者はどのような効果を期待しているのだろうか。
中央銀行当局者に政策決定を任せ切りにすると不適切な政策がとられかねないので「タガ」としてルールを導入すべしとの声も当初聞かれた。確かに、政治的に不安定な新興市場国ならそうした懸念ももっともだが、先進国の中央銀行に「タガ」が必要と考える人は必ずしも多くない。
デフレを巡る近年の論争で明らかになったように、物価安定の実現には人々の物価予想の安定が最も重要で、インフレ目標の役割も主にそこにある。つまり、中央銀行の物価目標を数値として掲げその実現に向け政策を運営すると市場にコミット(約束)することがこの政策の核である。そうした約束があるからこそ、市場は中央銀行の将来の行動を適切に予想でき、予想の不要なゆらぎによる経済の混乱も回避できるのである。
そこでの重要な前提は、家計や企業は将来どのような事態が起こるかを予想し、その予想に基づいて現時点での支出行動を決めるという考え方(フォワードルッキングな意思決定)である。家計や企業がそのように行動する結果として、物価が将来の経済状態に関する人々の予想、とりわけ政府や中央銀行など当局の将来の行動に関する人々の予想に依存して決まるのである。
金融政策ルールに関するこうした理解を前提とすれば、財政政策ルールの必要性についての議論も、政府に対する「タガ」としてのルールが必要か否かという段階にとどまるのでなく、そこからもう一歩進んで政府の将来の行動に関する人々の予想を安定させるにはどのようなルールが適切かという視点に立つことが望ましい。またその際には、本稿で強調してきたように金融政策ルールとのパッケージを検討すべきである。
日本の債務残高は未曾有の水準に達しており、その行方が国民の最大関心事である。幸い、今のところ物価でみても為替でみても貨幣価値が低下する兆しは認められない。国債金利も低水準で安定している。これらをみる限り市場は将来、リカーディアン的な政府行動がとられると予想しているようである。ただし、市場の予想がゆらがない保証はない。財政政策ルールの形で将来の政府行動について明確なメッセージを伝える必要性が高まっている。
2005年9月7日 日本経済新聞「やさしい経済学 財政の規律とルール」に掲載