やさしい経済学 財政の規律とルール

第7回 デフレと政府

渡辺 努
ファカルティフェロー

1990年代後半以降、日本ではデフレが進み、米国やドイツなどでも一時的にデフレが危ぶまれる局面があった。デフレを克服するうえで財政政策のルールはどのような役割を果たせるのか。

日本のデフレについては大きく2つの原因が指摘されてきた。第1はデフレスパイラル仮説である。通常なら先行きの物価下落予想(デフレ予想)が生じると、中央銀行は短期の名目金利を引き下げる。デフレ予想より大幅に名目金利を引き下げれば物価変動率を差し引いた実質金利は低下する。実質金利の低下は需要を刺激し、その結果デフレ予想が解消される。

しかし短期名目金利がゼロに近いときにはこのメカニズムが働かない(ゼロの壁があるため)。デフレ予想を打ち消すような金融緩和ができなければ、人々の間にデフレ予想が広まるだけで実際にデフレが生じてしまい、それがまたデフレ予想を増幅させる。この悪循環がデフレスパイラルとよばれるものだ。

その回避のために財政当局には何ができるか。リカーディアンの政府(規律ある政府)の場合は、デフレが進めば政府債務の実質価値が時とともに膨らむので増税や歳出削減を進めようとする。この行動は財政規律の点で望ましい面をもつ。しかし、デフレ予想を追認する効果を生んでしまうので、デフレの悪循環を断つ効果は期待できない。

一方、非リカーディアンの政府は実質債務残高が増えても財政再建は進めない。これは財政規律の面で問題だが、景気にはプラスとなる。実質債務増加の裏側で家計の実質資産が増え、しかもその増加が将来の税負担増を伴わない純増であるため、家計は消費支出を増やす。この有効需要拡大の経路はデフレが悪化すればするほど強まる性質をもつ。このため非リカーディアンの政府はデフレの悪循環を断ち切ることができる。

デフレスパイラルを回避するには非リカーディアン的な財政行動が必要という指摘はある面で興味深い。しかし、日本のデフレをデフレスパイラルと見る論者は少数派で、多くの論者は大幅な需要減少によるショックがその原因と考えている。多数派によれば、ショックが大きいため日銀が短期名目金利をゼロまで低下させても十分な浮揚効果を得られないという点で今回の局面は特殊だが、それでも基本的には通常の金融緩和原理の応用により対応は可能で、財政政策も通常どおりのリカーディアン型の対応で十分ということになる。

2005年9月6日 日本経済新聞「やさしい経済学 財政の規律とルール」に掲載

2005年9月28日掲載

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