やさしい経済学 財政の規律とルール

第6回 通貨統合と政府

渡辺 努
ファカルティフェロー

欧州通貨統合では参加希望国は(1)一般政府財政赤字の対名目国内総生産(GDP)比率は3%以内(2)政府債務残高の対名目GDP比率は60%以内――という2つの財政面の要件を課せられた(発足後も同様の内容の「安定成長協定」の順守が必要)。

なぜこうしたルールが要求されるのか。よく指摘されるのは単一通貨ユーロ安定のためという理由である。他方、ユーロの安定は一義的には欧州中央銀行(ECB)の任務であって、財政ではなく金融政策により実現されるべきとの反論も聞かれる。

欧州経済通貨同盟(EMU)が目指したのは、ECBが物価安定を強く志向する一方、加盟国が財政基準を守るという状況で、ECBが物価決定に主導的役割を果たし、それに各国財政当局がリカーディアン的に追随するというポリシーミックス(政策組み合わせ)である。ECBの政策決定は各国の財政に様々な影響を与えるが、各国の財政当局はそれを所与のものとして受け止めたうえ、各国の予算制約式を満たすのに必要な財政調整を行うのである。

このポリシーミックスがどのような意味で望ましいかをみるために、非リカーディアンの政府の国(A国)が加盟国の中にひとつだけ潜り込んでいるとしよう。A国の財政が悪化すると同国の物価は上がるが、通貨同盟の下では事態はもっと深刻になる。各国の物価が等しくなるように裁定される結果、A国の物価上昇は加盟各国へと波及しユーロ相場も下落するからである。しかもこれに対してECBは何の対応もできない。

なぜなら、ECBが引き締めに向かうと、それはA国の物価上昇も抑え込み、A国で予算制約式は成立しなくなってしまうからである。A国の債務不履行が政治的に許容できないならECBはユーロ安を受け入れざるを得なくなるが、それは物価安定の放棄を意味する。

どうすればよいか。ひとつの方法はA国の財政赤字を他の加盟国が負担することである。A国には赤字解消のために増税するとの規律が働かないので、他の加盟国が増税し集めたカネをA国に贈与するのである。このような財政補てんをすれば、あたかもA国を含む加盟国全体でリカーディアン的な規律が存在するかのような状況を創出できる。

もちろん、A国以外の加盟各国はA国のための増税などはしたくない。それを避ける唯一の方法はA国を加盟させないことである。EMUの基準はこの審査が目的である。

2005年9月5日 日本経済新聞「やさしい経済学 財政の規律とルール」に掲載

2005年9月28日掲載

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