やさしい経済学 財政の規律とルール

第5回 ポリシーミックス

渡辺 努
ファカルティフェロー

今回は財政政策ルールと金融政策ルールの関係をみてみよう。どのような金融政策ルールが望ましいかは、政府がリカーディアン(規律ある政府)か否かに強く依存する。

リカーディアンの政府とは、中央銀行に追随する政府でもある。例えば金融引き締めによって物価が下がったとすれば、国債の実質価値は上がる。このときリカーディアンの政府はそれに見合う税収を確保し、それによって前にみた政府の予算制約式を満たそうとする。

これに対して非リカーディアンの政府は、中央銀行に追随せず、反対に中央銀行が政府への追随を迫られる。例えば、膨大な国債を抱えるにもかかわらず政府が適切な増税策を打ち出さないと、通貨危機が起き貨幣価値が低下する(物価は上昇)。この物価上昇を認めないと政府の予算制約式は満たされないので中央銀行に物価上昇を拒否する選択肢は存在しない。

貨幣価値を誰が決めているのかという観点から整理すると、リカーディアンの場合は政府が中央銀行の選択に追随するだけで、貨幣価値の決定に能動的に関与しない。これに対して非リカーディアンの場合は政府がその決定に支配的な役割を果たす。インフレ目標設定など金融政策のルールに関する議論では、物価の決定に責任をもつのは中央銀行とされるが、それは必ずしも自明ではないのである。

それどころか、財政当局の行動原理を無視した金融政策ルールの選択は危険でさえある。例えば、政府が非リカーディアンなのに、中央銀行がインフレ目標のような強く物価安定を志向するルールを採用すると、スパイラル的なインフレが発生しやすいことが知られている。

非リカーディアン政府の下で予算制約式が満たされるためにはインフレが必要だが、中央銀行がインフレを容認せず名目金利の引き上げにより金融を引き締めると、利払い増加で政府債務が膨らむ。この債務増加が一段のインフレを生みそれに対抗して中央銀行がさらに引き締めるという悪循環になりかねない。

実際にブラジルでは、中央銀行が強力な反インフレ政策を採用した1980年代に、それまで安定していたインフレ率が激しく上昇し、月次の物価上昇率が10%超というハイパーインフレが生じた。これは、ブラジル政府が非リカーディアン的だったにもかかわらず、それを無視して中央銀行が物価安定を強く志向する政策運営に切り替えたためだといわれている。

2005年9月2日 日本経済新聞「やさしい経済学 財政の規律とルール」に掲載

2005年9月28日掲載

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