やさしい経済学 財政の規律とルール

第3回 貨幣価値の下落

渡辺 努
ファカルティフェロー

第一次大戦後のフランスのように財政の悪化が通貨危機を招いた例は多い。それはなぜだろうか。

第1に、市場を構成する一経済主体として政府をとらえるとどうか。例えば小さな国の政府は公共サービスを国民に販売する企業のようなもので、税はその対価といえる。そう考えると政府が発行する国債は企業が発行する社債や株式のようなものだ。また、中央銀行と政府は密接な関係にあり、中央銀行の発行する貨幣はシフトの連結バランスシート(貸借対照表)の負債項目に入れられる。その点では国債と同じだ。

国債や貨幣の意味をこう整理すれば、財政悪化が貨幣価値を低下させるのは明らかである。すなわち、企業収益が悪化すると市場は無配転落やデフォルト(債務不履行)を懸念し始め、その企業の株式や社債の価格は下落する。同様に、財政が悪化すると投資家は国債や貨幣の保有を控え、その結果、それらの価格(価値)が下落する。貨幣価値の下落とは、国内的には物価の上昇、つまりインフレであり、対外的には自国通貨の減価である。

政府と企業の比喩を経済学の言葉で置き換えるとすれば、政府の予算制約式という概念が最も適切である。これが第2の視点である。

ここでの政府とは中央銀行との連結ベース(統合政府)であり、そのバランスシートの負債側には国債と貨幣が計上されている。一方、資産側には政府が実際に保有する資産に加え将来にかけ国民から集める予定の税が計上されている。政府の予算制約式とは負債側の金額が資産側の金額以下という式である。つまり、政府といえども借りたカネはきっちり返済しないといけないというルールから逃れることはできないのである。

この予算制約式で考えると、財政悪化とは資産側の税が予想ほどには伸びない状況である。税収の低迷が深刻な場合には国債と貨幣の総額を下回ってしまう。このときにとり得る選択肢としてはデフォルトが考えられる。しかし現実には政府がデフォルトを選択するのは極めてまれであり、それに代わる選択肢として貨幣価値の下落がある。

貨幣価値が低下し物価が上昇すると、一般の国債の実質価値は低下し、額面通り償還しても政府の実質の負担が減る。これはデフォルトではないが、実質的にはそれと同じことになって、予算制約式は満たされる。このため、貨幣価値の下落は「部分的デフォルト」とよばれている。

2005年8月31日 日本経済新聞「やさしい経済学 財政の規律とルール」に掲載

2005年9月28日掲載

この著者の記事