APECと食料安全保障

山下 一仁
上席研究員

来月の16日から17日にかけて、新潟でAPEC(アジア太平洋経済協力)としては初めての食料安全保障担当大臣会合が開催される。農林水産省は、飢餓と貧困に苦しむ人口が2009年に10億人を超え、2050年までに農業生産量を70%増加させる必要があるなど食料問題が世界的な課題となっているなかで、APEC地域においても多くの栄養不足人口を抱えていると開催の理由を述べている。

世界の食料事情をみると、人口増加、途上国の所得増加、エタノール生産の増加など、消費の面では需要の増加、価格上昇の要素が多い。生産については、水資源の枯渇などを心配する声がある一方で、技術進歩による収量増加などで必要な食料を供給できるという声がある。貧しくて食料を買えない人たちがいるという問題はあるものの、この40年間世界の食料生産は消費を上回って来た。

しかし、農産物生産は天候や自然に左右されるので、過剰基調の中でも不足が起きる。1973年には穀物価格が3~4倍に上昇した。このとき生産は3%しか減少しなかったが、貿易に回る量は生産の10%程度なので、貿易量は大幅に減少し、価格が高騰したのである。1993年には米不作になった日本が、1000万トンから2000万トン規模の国際市場で250万トンの米を輸入した時、世界の米価格は2倍に上昇した。

しかも、国際価格が上昇すると、海外への輸出によって国内の供給が減少し、国民が食料を買えなくなることを恐れる輸出途上国の政府は、輸出を禁止する。これによって国際市場への供給はますます少なくなるので、食料を購入できなくなる輸入途上国では先を争って少ない食料を求め暴動も起きる。

我が国はどうか? 国際価格が上がっても日本が買えなくなるという事態は当面考えられない。しかし、お金を持っていても買えなくなる時がある。それは輸出国で大規模な港湾ストライキが起こったり、我が国周辺で軍事的な紛争が起こって、日本に食料を輸送できなくなるような場合だ。このような事態が起こることは確率としては少ないかもしれないが、発生すると大変な事態となる。そのための備えが食料安全保障政策である。

海外から食料が来ない時、備蓄が底をついてしまったら国内生産で対応せざるを得ない。そのために必要なものは農地面積だが、人口は戦後の7000万人から1億3000万人に増加したのに、米の減反政策などによって農地は1961年の609万ヘクタールから461万ヘクタールに減少した。これまで政府は貿易の自由化に反対して国内市場を守ろうとしてきたが、いくら高い関税で国内市場を守っても、国内市場は高齢化による1人当たりの消費量の減少に人口の減少が加わるので、どんどん縮んで行く。これに合わせて生産していくと農業は縮小し、食料安全保障に不可欠な農地も減少していく。この10年間で米価は25%低下し、この1年でも10%近く低下したのは、米消費の減少が根本の原因なのに、農業団体も政府に過剰米買入れを要求するばかりで、真の原因から目をそむけている。人口減少時代の農政ビジョンは政治にも農林水産省にもない。

既に日本米の価格は中国米の1.4倍まで近づいている。米の減反を廃止して価格を下げ、さらに主業農家への直接支払いによって農業の構造改革を推進し、価格競争力が高めれば、発展するアジア市場に米を輸出できるようになる。食料危機が生じ、輸入が困難となった際には、輸出していた米を国内に向けて飢えをしのげばよい。こうすれば平時の自由貿易と危機時の食料安全保障は両立する。というより、人口減少により国内の食用の需要が減少する中で、需要にあわせて生産を行いながら食料安全保障に不可欠な農地資源を維持しようとすると、自由貿易のもとで輸出を行わなければ食料安全保障は確保できないのだ。これまで食料安全保障の主張は、高い関税の維持、貿易自由化反対の口実として、利用されてきた。これからの人口減少時代には、自由貿易こそが食料安全保障の基礎になるのである。農林水産省の意図とは反するかもしれないが、今回のAPEC大臣会合が我が国にとって真の食料安全保障とは何かを問うきっかけとなることを期待したい。

2010年9月25日 新潟日報に掲載

2010年10月27日掲載

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