農協との決別なしに農業は復興しない

山下 一仁
上席研究員

7兆円もの補助金が米価維持のカルテルに投入された

コメ、麦、とうもろこしなどの穀物は直接食用にされるほか、畜産物の飼料ともなるので、食料として最も基本的で重要である。その穀物価格が高騰し、食料危機が叫ばれているのに、日本の食料安全保障を担うはずの農業は惨憺たる状況である。1960年から今日まで65歳以上高齢農業者の比率は1割から6割へ、農外所得が大半をしめる第2種兼業農家の割合は32%から63%へ、耕作放棄地は39万ヘクタールで東京都の面積の1.8倍になっている。食料自給率は79%から40%に低下した。

61年の農業基本法は、零細な農業規模の拡大によるコストダウンを目指した。所得は売上額(価格×生産量)からコストを引いたものだ。消費や売上額の伸びが期待できないコメでも、コストを下げれば農家所得を向上できると考えられた。

しかし、政治的な圧力を受けた農政は、農家所得向上のため米価を上げた。コストの高い零細な兼業農家もわざわざ高いコメを買うよりも自らコメを作る方が得になり、農業から退出しようとはしなくなった。農地は企業的農家に集まらず、規模拡大による農業の構造改革は失敗した。平均農家規模は45年かけて0.9ヘクタールが1.3ヘクタールになっただけだ。

特に日本に最も適した穀物で日本の基幹的作物であるコメの構造改革が遅れた。53年まで国際価格より安かったコメは、いまでは約800%の関税で保護されている。主として農業所得に依存している主業農家の生産シェアは、野菜82%、牛乳95%に対し、コメは38%にすぎない。

高米価はコメ消費減に拍車をかける一方で生産を刺激し、コメは過剰になった。70年以降、95年の食管制度廃止後も続いている減反や転作による生産調整の面積は、今では100万ヘクタールと水田全体の4割超に達している。米価維持のため500万トン相当のコメを減産する一方、700万トン超の麦を輸入するという食料自給率向上とは反対の政策が採り続けられている。戦前農林省の減反政策案に反対したのは食料自給を唱える陸軍省だった。真の食料自給は生産調整と相容れない。

生産調整は米価維持のカルテルだ。60キログラムあたり9500円で買えるコメに1万5000円という高い価格を消費者に支払わせている。そのうえ、現在1600億円、累計総額7兆円の補助金がカルテルに参加した生産者に税金から支払われてきた。生産者の間でもコメ販売量の多い主業農家がその影響を最も強く受けた。低コスト生産のためには、規模が小さく高コストの兼業農家に生産調整面積を多く配分すべきなのに、平等主義による一律の配分が行われた。主業農家はコストを十分低下できるまで生産を拡大できず、所得も増加できなかった。

農地がなければ食料安全保障は確保できない。しかし、国民全体に必要な農地は足りないのに、コメの減反で「農地も余っている」との認識が定着した。61年以降、公共事業などで110万ヘクタールの農地を造成したのに、逆に250万ヘクタールの農地が宅地などへの転用と耕作放棄で消滅した。今では摂取カロリーを最大化できるようイモとコメだけ植えて、かろうじて日本人の生命を維持できる470万ヘクタールが残るのみである。終戦時農地は500万ヘクタールを超え、人口は7000万人しかいなかったのに飢餓が生じた。政府は生産調整をさらに拡大しようとしているが、これは農地を一層減少させ、日本の食料安全保障を危うくさせる。

さらに、高い価格維持のためには高い関税が必要だ。このため、政府はWTO交渉で関税引下げの例外を主張しているが、代償としてこれまでの分も含め消費量の13%に相当する低関税の輸入枠(ミニマム・アクセス)が要求されている。食料自給率はさらに低下する。

生産調整をやめれば米価は中国からの米輸入価格約1万円を下回る9500円の水準に低下し、国内需要も拡大する。EUが価格を引き下げて直接支払いという補助金で農家に所得補償したように、価格低下分の約8割を農業依存度が高く将来の農業生産の担い手である主業農家に補てんすればよい。市町村役場や農協の職員等サラリーマンとしての所得の比重が高く土日しか農業に従事しないパートタイム(兼業)農家に補償する必要はない。

これに必要な額は、生産調整カルテルに参加させるため農家に払っている補助金と同じである。財政的な負担は変わらない上、価格低下で消費者はメリットを受ける。国内の価格が輸入米の価格より下がれば、ミニマム・アクセス米を輸入しなくてもよいので、食料自給率は向上する。

食料安保政策に反対するJAの実態とは

しかし、国民・消費者の食料安全保障に資する、価格の引下げ、政策対象農家の限定のいずれにも強く反対する勢力がある。

全農家を加入させ、資材購入、農産物販売、信用(金融)事業など農業・農村の諸事業を総合的に行っていた戦時中の統制団体を戦後転換したのがJAである。コメの供出団体は農協とは別に作り、農民のための農協はじっくり作るべきである、という意見も農林省内にはあったが、食管制度によるコメ供出を促進するため、わずか3カ月程度のうちに1万3000のJA農協の設立を完了させた。しかも、酪農、青果などの作物ごと、生産資材購入、農産物販売などの機能ごとに設立された欧州諸国の農協と異なる、世界でもまれな「総合農協」だ。

終戦後しばらく食管制度の米価がヤミ値よりも安いとき、米価引上げのため食管制度廃止論が与党から出されたが、食管制度の供出団体であるJAは反対した。組織の利益のため農家の利益とは反対の立場をとったのだ。しかし、米価が引き上げられるにつれて、農家の利益とJAの利益は一致していく。JAにとっても、米価を高くすると、コメの販売手数料収入も高くなるし、農家に肥料、農薬や農業機械を高く売れる。60年以降、肥料、農薬の使用量は著しく増加した。

本来、協同組合による資材の共同購入は、商人資本に対し市場での交渉力を強めて組合員に資材を安く売るためのものだが、組合員に高く売るほうがJAの利益になる。

肥料メーカーは、独占禁止法の適用除外を認めた「肥料価格安定臨時措置法」によって54年から86年までカルテル価格が認められた。その結果、54年当初は輸出向け価格と同水準であった硫安の国内向け価格は、86年には輸出向け価格の3倍にまでなった。この法律は5年間の時限立法であったが、制度の継続・延長を繰り返し要望したのは、肥料販売の9割のシェアを持つJAだった。肥料価格が高くなるとJAは高い販売マージンを得られるからだ。

高い米価がJAの利益となる構図は今も変わらない

しかも、食管制度時代、このような肥料や農薬、農業機械などの生産資材価格は、農家が支払った生産費を基に算定される米価に満額盛り込まれた。JAが農家との利益相反となるような行為を働いても、農家に批判されない仕組みが制度化されていたのだ。また、高い米代金が振り込まれるとJAの預金額も増加する。

肥料価格を高くすれば肥料産業に貸し付けた農協預金の利回りもよくなる。56年からの10年間で農林中金(信用事業の全国機関)から肥料産業への貸出しは13.5倍になり、関連産業中最大の融資先となった。さらに、コメの政府買入れ前渡金を受けた農林中金は、末端のJAに送金する前にコール市場で運用して大きな利益を得た。JAが「米肥農協」と呼ばれたゆえんである。農業が衰退する中で、高い米価によって、JAは、生産資材・農産物販売、金融という世界にもまれな総合農協性を発揮して発展した。

数年前、全農あきたが公的な入札制度を通じて子会社と民間卸会社に高値で落札させ、米価を高く操作した事件があった。高い米価がJAの利益となる構図は今も変わらない。JAがコメの先物市場の創設に反対するのも、これによってJAの現物操作による米価維持が困難になるためといわれても仕方がないのではないか。

週末しか農業をしない兼業農家にとって、生産資材をフル・セットで供給し、生産物も一括販売してくれるJAは好都合な存在だ。農協法の組合員一人一票制のもとでは数のうえで圧倒的な兼業農家の声がJA運営に反映されやすいし、少数の主業農家ではなく多数の兼業農家を維持する方がJAにとって政治力維持につながる。JAと兼業農家は、コメ、米価、政治、脱農化を介して強く結びついた。企業的な農家を育成し農業の規模拡大を図るという構造改革に、JAは農業基本法以来一貫して反対してきた。

与野党の政策をみても、自民党は生産調整を強化して価格を引き上げようとしているし、民主党は生産調整廃止をマニフェストに掲げたものの撤回している。自民党からバラマキと批判された対象を限定しない直接支払いをマニフェストに掲げて参議院選挙に大勝した民主党を見て、自民党も対象者の限定を緩めてしまった。結局、農業については選挙を意識する与野党の政策に違いはないといってよい。

農業基本法に関わったシュンペーターの高弟、東畑精一東大教授(当時)の「営農に依存して生計をたてる人々の数を相対的に減少して日本の農村問題の経済的解決法がある。政治家の心の中に執拗に存在する農本主義の存在こそが農業をして経済的に国の本となしえない理由である」という主張に、農林次官、政府税制調査会長を歴任した小倉武一氏は「農本主義は今でも活きている。農民層は、国の本とかいうよりも、農協系統組織の存立の基盤であり、農村議員の選出基盤であるからである」と加えている。

消費者ニーズに応える企業的農業者が衰退した農業を救う

農協の改革には、農協利用度に応じて一人一票制を見直す、信用事業・共済事業を分離して農業関連事業に純化させる、農家に資材を安く販売すれば手数料が上がる制度にする、などが考えられる。しかし、55年の河野一郎農林大臣や数年前の規制改革会議による信用・共済事業の分離案がJAにつぶされたように、政治過程を経なければならない制度改革は実現困難だろう。

農地改革、国鉄改革、金融ビッグバン等成功した改革には、強い政治的リーダーシップや改革の必要性についての国民の支持とともに、改革される部門の中に改革支持グループが存在するという共通の特徴がある。

主業農家と兼業農家を同じように扱うべきではないというJA組合長も出てきた。主業農家の割合が多い野菜等の比重が高いJAには革新的な組合長もいる。また、数年前には高い資材価格に抗議した元JA幹部が独自の農協を北海道で設立し、韓国から安い肥料を輸入している。2003年には、全国約40の農業法人が中小企業等協同組合法に基づく農業の(事業)協同組合を設立している。

自ら資材を購入し販路を開拓しようとする“考える農業者”がいる。これまでJAからは正当に扱われず独自の道を歩まざるを得なかったこれら企業的農業者による農協を、JAとは別個に設立し、改革支持グループの経済的・政治的な連合を作ってはどうだろうか。零細農家を相手にする非効率なJAの農業関連事業は大幅な赤字であり、信用事業の利益で埋め合わせているのが現状だ。JAが信用事業に特化していき、農業本来の事業は企業的農業者が自発的に組織した農協によって実施されるようにすべきだろう。また、(農協改革の目的でもあるが)生産調整廃止に成功し、価格低下により兼業農家が農業から退出すると、JAの政治力も弱まり、農業の構造改革もさらに加速するだろう。

輸入小麦価格の高騰によってパンなどの麦製品価格が上昇したため、相対的に安くなったコメの消費は増えている。消費者重視の政策に立ち返り、価格を下げれば、日本が唯一自給できるコメの国内消費も増加するばかりか、拡大するアジア市場へ輸出できるようにもなり、衰退した農業を復興できる。

また、今回のWTO閣僚会議のように貿易立国日本が存在感を示すことができずなすすべもなく譲歩を強いられるのではなく、関税引き下げなど積極的に交渉に対応できる。

月刊「WEDGE」2008年9月号に掲載

2008年9月22日掲載

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