頑固な日本の農政も減反ストップできる具体策

山下 一仁
上席研究員

「日本で5割ぐらいの減反をしているのは本当にもったいない。ここで見直していく必要があるのではないか」という町村信孝官房長官の発言は自民党内から強い反発を受け、同長官は釈明した。しかし、世界的に食料が不足し、かつ日本の食料自給率が4割を切っているのに減反するというのは国民感情にそぐわないのではないだろうか。

高米価政策が食料自給率低下を招いた

1960年の79%からいまの39%への自給率低下は食生活の洋風化のためであるというのが公式見解である。国民1人1日当たり供給熱量(キロカロリー)の内訳は、60年の米1106、畜産物85、油脂105、小麦251に対し、2006年では米595、畜産物394、油脂368、小麦320となっている。米の独り負けだ。

しかし、米の需要が減少し、パン食など麦の需要が増加することは予想されていたので、米価を下げて需要を拡大し、麦価を上げて生産を増加させ需要を抑制させるべきであった。61年制定の旧農業基本法は、農業の規模を拡大し、コストダウンを図ることによって零細農業構造を改革し農工間の所得格差是正を図ることを目的としていた。所得は売上額(価格×生産量)からコストを引いたものだ。米価を下げても、農業の規模拡大等の構造改革を行い、コストをより一層減少させれば、稲作所得は確保できるはずだった。

しかし、実際には反対の政策が採用された。食糧管理制度により米価を大幅に引き上げて農家の所得を保障しようとしたのだ。高米価は米の消費減に拍車をかけた。1人当たりの米消費量は過去40年で半減し、総消費量は、1350万トン(65年)から850万トンへ減少した。高米価で生産が刺激されたので米は過剰となり、70年から40年近く生産調整(減反や転作)を実施している。他方で、生産者価格が物価上昇程度の引き上げにとどまった国産麦は、60年の383万トンから75年には46万トンにまで減少した。その半面、60年代に麦の消費者価格(製粉メーカーへの国の売り渡し価格)が引き下げられ、麦の消費量は600万トン(60年)から今では850万トンに増加した。この結果、麦供給の9割は米国、カナダ、オーストラリアからの輸入麦となった。国産主体の米の需要を減少させ、輸入麦主体の麦の需要を拡大させる外国品愛用政策をとったのだ。自給率低下は当然である。

麦の消費者価格引き下げにはカラクリがある。国産麦を高く買い入れ安く売ることによる差損は、安い輸入麦を高く売って(どちらの麦も製粉メーカーへの国の売り渡し価格は同水準)得られる差益で補填してきた。これは「内外麦コストプール方式」といわれる。両者の帳尻を合わせればよいので、国産麦の生産が少なくなり輸入麦の量が増えれば、輸入麦の売却価格を低くしてトン当たりの差益を少なくしてもよいことになる。

米を高く買っても米の需要を減らさず、過剰を生じないよう安く消費者に売ればよいのだが、大幅な赤字が生じる。このとき「米麦コストプール方式」をとり、輸入麦をより高く売ってその差益を米の差損に回せば、食管会計全体としては赤字を出さなくてすむ。しかし、米麦とも同じ食管会計の下にありながら、このような方式がいかなる理由によるものか議論もされなかった。

その後73年の穀物危機を契機として国産麦の生産振興に努め、麦生産は101万トンにまで回復しているが、いったん品質の違う輸入麦に移った需要は戻らない。今や讃岐うどんの原料はオーストラリア産のASWという品種である。これ以上転作によって麦の生産を増やしても製粉メーカーは引き取らない。自給率の低下は我が国の農政・農業生産が消費者から離れていき、消費の変化に対応できなくなった歴史を示している。消費の空白を埋めたのは輸入食料だった。

生産調整の拡大と実態

米消費の減少により生産調整は年々拡大し、現在では260万ヘクタールの水田の4割強に相当する110万ヘクタールに及んでいる。約1400万トンの米の潜在生産力があるなかで、約500万トン相当の減産を実施する一方、約700万トン以上の麦を輸入している。

食管制度のときに生産調整を実施したのは、過剰米を食管会計で買い入れさせられて、ただ同然で飼料や海外援助用に処分する(現にこれに3兆円を支出した)よりも、米の代わりに麦や大豆を作り、これと米との収益格差を転作奨励金で農家に補填する方が、まだしも財政的に得だったからだ。このとき、麦等の生産能力を農家が失っているなかで、できる限り多くの米を政府に売却したい農業団体は生産調整に反対した。しかし、95年に食管制度が廃止され米の政府買い入れが備蓄用米に限定された後も、米価は生産調整によって維持されている。長期的にはともかく短期的には、米の供給を少なくすれば価格は大きく上昇し、売上額が増えるからだ。今では、米価維持に不可欠となった生産調整を農業団体が支持している。いずれの時代でも高い米価による農業保護を負担しているのは消費者だ。

生産調整には消費者だけではなく財政も負担している。生産調整は本来であれば独禁法違反の供給制限カルテルであるが、これに農家を参加させるために支払っている補助金の総額は7兆円に達している。麦、大豆等に転作させて自給率向上を図るというのがその名目だ。しかし、生産調整面積が増加するなかで、減反の対象となった水田に米以外の作物を作付けた面積の割合は、88年の75%から03年には60%へと低下している。

食料自給を支える農地が減っていく

日本が国際交渉で主張する食糧安全保障の基本は農地資源の確保である。しかし、米余りは「農地も余っている」という認識を定着させ、現在の全水田面積に等しい260万ヘクタールの農地が宅地等への転用と耕作放棄で消滅した。

これを象徴する出来事がある。70年産米からの本格的減反を打ち出した政府に対し、これまで増産運動を行ってきた農家・農村は、いっせいに反発した。しかし、農協は食管制度が崩壊しては農協が困ると判断し、全国一律1割減反を提示するとともに、10アール当たり4万円以上の補償金を要求した。69年末の総選挙では、減反に反発していた農家も補償金で面倒をみる、といった選挙公約を乱発したため、与党は勝利した。しかし、選挙後の次年度予算で、大蔵省は農林省の要求3万1000円に対し、2万1000円と減額回答した。もっとも、それでも総額は750億円に上った。この大蔵原案に、農協は反発、与党・自民党を突き上げ、与党と政府との間で一大政治折衝が展開された。その結果、当初考えられた150万トン規模の米の減反を100万トンに減少させ、単価を3万5000円にアップさせる一方、残る50万トン分を自治体や農協が水田を住宅用地等へ転用するということで決着をみた。国民・消費者のための食糧安全保障に不可欠な農地資源を減少させ、農業を犠牲にすることで、農家、農協の利益を守ったのだ。

今では摂取カロリーを最大化できるイモと米だけ植えてかろうじて日本人が生命を維持できる460万ヘクタールが農地として残るのみである。戦後、人口7000万人、農地面積500万ヘクタールでも飢餓が生じた。この10年間でも水田は18万ヘクタール減少した。生産調整の拡大は東京都の1.8倍の39万ヘクタールに上る耕作放棄地をさらに増加させる。

農産物供給以外の機能を発揮しているという農業の多面的機能の主張も、そのほとんどが水田の水資源涵養、洪水防止といった機能である。米作の生産装置である水田を本来の水田として利用してこそ多面的機能も発揮できるのに、そうさせない政策をとり続けている。

これまでは総人口は増加したが、今後は高齢化しかつ減少するので、米総消費量は1人当たりの消費量減少と人口減少の二重の影響を受ける。これまでどおりの米価維持政策をとった結果、今後40年で1人当たりの消費量が現在の半分になれば、2050年ごろには米の総消費量は今の850万トンから350万トンになる。生産調整は210万ヘクタールに拡大し米作は50万ヘクタール程度で済んでしまう。日本農業は大幅に縮小し、農地資源も多面的機能も減少する。

減反費用でまかなえる米価下落分の補助金

日本の米価(60キロ当たり)は国内需要の減少により10年前の2万円から1万4000円に低下しているのに対し、日本が輸入している中国産の価格は2000円から1万円にまで上昇している。

生産調整をやめれば、米価は約9500円に低下し、その結果、需要は1000万トン以上に拡大すると予想される。食管制度以来、米価を引き下げて零細農家を減らし構造改革を進めようとする政府に対して、農業団体は農業依存度の高い主業農家が困ると反論してきた(冒頭の減反政策見直しを打ち上げた町村官房長官に農水省もかつての農業団体と同じ反論をしている)。それほど主業農家が心配なら現在の米価1万4000円と生産調整をやめた場合の9500円の差の8割程度を主業農家に財政で補償すればよいではないか。これは直接支払いという方式でEUの農政改革の中心であり、世界の農政の潮流でもある。流通量700万トンのうち主業農家のシェアは4割なので約1600億円の予算額で済む。これは生産調整にかけている財政負担と同額である。

米価が下がれば需要は拡大 海外需要も視野に入ってくる

財政負担は変わらないうえ、価格低下で消費者の負担は大きく軽減される。それだけではない。これまで国内の需要しか視野になかったことが農業生産の減少をもたらしたが、国際競争に耐える価格にまで低下すれば、海外需要も視野に入ってくる。日本の人口は減少するが世界の人口は増加する。しかもアジアには所得増加にも裏打ちされた拡大する市場がある。日本が米を400万トン輸出したとしても中国の穀物需要の1%にすぎない。自国に供給不安が生じたときには、輸出していた米を国内に振り向けて飢えをしのげばよい。

稲作の階層別に見ると、1ヘクタール未満層は耕作放棄値が多く他作物の作付け能力を失っているのに対し、5ヘクタール以上の大規模層では稲作に特化するグループと新たな作物を導入して複合経営を行っているグループが見られる。安定した労働力を有し、かつ技術力も高い主業農家に農地をさらに集積していけば、水田の利用率は向上していき、食料自給率は向上する。戦後の消費者負担型農政を転換し、生産調整を廃止して輸出により日本農業を縮小から拡大に転じることこそ、日本が食糧難時代に行える国際貢献であり、かつ我が国自身の食糧安全保障につながる道である。

『週刊エコノミスト』2008年8月11日号(毎日新聞社)に掲載

2008年9月12日掲載

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