食料高騰下の農業政策 減反政策やめ増産目指せ

山下 一仁
上席研究員

穀物価格の高騰が紙面をにぎわしている。今後も高値水準が続くことが予想される中で、日本の農業政策はどうあるべきかを考えたい。

まず国際農産物市場の特徴を考えてみよう。各国の貿易政策で、国際農産物市場は各国の国内市場と分断・隔離されている。各国は国際価格が低迷しているときには関税で安い農産物が入らないようにし、国際価格が高騰すると輸出税をかけたり輸出数量を制限したりして国内消費者への供給を優先するからである。

しかも工業製品と異なり、穀物は生産量のわずか約15%が貿易されるにすぎないため、わずかの需給変動が貿易量や国際価格を左右する。1973年に穀物価格が3-4倍に高騰し食糧危機が叫ばれた折、世界の穀物生産は3%減少しただけだった。

日本は高関税で支えられた高い農産物価格によってコメなどを保護しながら、一方で麦やトウモロコシなどを大量に輸入し世界一の農産物輸入大国であり続けた。不測時の食料供給(食糧安全保障)の観点から、今後もこうした方向はとりえるのだろうか。

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ウルグアイ・ラウンド交渉で、農産物に関し日本は輸出禁止などの輸出数量制限措置を規制することを提案した。だがインド代表から「不作の時に国内供給を優先するのは当然」と反対された。

95年―97年に穀物の国際価格が上昇した際、欧州連合(EU)は、輸出補助金をやめ輸出税を課して途上国への食料供給より域内市場を優先した。現在、インド、ベトナムが輸出を禁止し、ロシア、中国は輸出税をかけている。

かつて、輸出数量制限を廃止しこれを輸出税に置き換えた上で削減することを提案していた日本は、最近、輸出数量制限の容認に転向し、輸出国との協議が不調になった際には専門家の委員会に輸出制限措置の是非を判断させるという内容に提案をトーンダウンさせた。しかし、このような日本提案さえ、「これまで国内農業を保護するため高関税で輸入しないといいながら、困った時には輸入させろというのは虫がよすぎる」との批判にさらされている。

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インド代表が言うように、国内で飢餓が起きているのに他国に輸出しろというのは現実的ではない。結局頼れるのは自国の農業であるということを我々は再認識しなければいけないはずだ。ところがその国内農業をみると、食料自給率は60年の79%から39%に低下した。

これは食生活の洋風化のためだとされる。そうだとしても、米価を下げ麦価を上げる政策をとれば、自給率はこれほどまで低下しなかったはずだ。だが現実には逆の政策が採用された。60年代には米価を大幅に引き上げる一方、麦は生産者価格を物価上昇程度しか上げず、消費者価格はむしろ引き下げられた。

高米価はコメ消費減に拍車をかけた。1人当たり消費量は過去40年で半減したが、コメは生産が刺激されて過剰になり、70年から40年近く減反や転作による生産調整を続けている。一方麦の生産量は、その後の振興策にもかかわらず100万トン強と60年の4分の1の水準にとどまる。現在でも500万トン相当のコメを減産する一方、700万トン超の麦が輸入されている。

95年の食管制度廃止後も、米価を維持しようと生産調整が続いている。これは供給制限カルテルで、高い価格というコスト負担を強いられているのは消費者である。

ところが生産調整面積が110万ヘクタールと水田全体の4割超に達しているのに、米価の下落傾向は止まらない。生産調整には麦や大豆などに転作させ自給率を向上させる目的で補助金が支払われているが、実際に作物が植えられているのは43万ヘクタールにすぎない。米価を維持しようとすれば生産調整をさらに拡大する必要があるが、農家の側にはもはや減反は限界との意見が強い。

十分な農地がなければ食糧安全保障は達成できない。ところが自給率低下にもかかわらずコメの減反で、「農地も余っている」との認識が定着し、公共事業などで110万ヘクタールの農地を造成したのに、逆に260万ヘクタールの農地が宅地などへの転用と耕作放棄で消滅した。今では摂取カロリーを最大化できるイモとコメだけ植えてかろうじて日本人が生命を維持できる460万ヘクタールが残るのみである。減反主体の生産調整拡大で農地は一層減少し、日本の食糧安全保障は危うくなる。

生産調整と価格維持を軸とした従来のコメ政策の誤りはもはや明らかである。農産物をめぐる現下の国際情勢を考えれば、政策の抜本転換は待ったなしといえよう。

農業には農産物供給以外にも、水資源涵養や洪水防止といった多面的機能があるといわれる。しかし米作の生産装置である水田を水田として利用してはじめて多面的機能が発揮できることを認識すべきだろう。

今後のコメ消費は、高齢化の進展で1人当たり消費量が減少するだけでなく、人口減少に伴う総消費量の減少という二重の影響を受ける。これまでどおりの米価維持政策をとることで今後40年で1人当たり消費量がさらに半分になれば、2050年ごろにはコメ総消費量は今の850万トンから350万トンになる。生産調整は210万ヘクタールに拡大し米作は50万ヘクタール程度ですんでしまう。日本農業は大幅に縮小し、農地資源も多面的機能も減少する。

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国内米価と中国産米の日本への輸入価格をみると(図)、国際市況を映し中国産価格が上昇している一方で、日本の米価は内需減少で低下している。これは関税で日本の国内市場が国際市場から隔離されている証左だが、より注目すべきは2つの価格が接近していることである。筆者の試算では、生産調整をやめれば米価は現在の中国産米輸入価格を下回る60キログラム当たり9500円に低下し、国内需要も1000万トンに拡大する。

日本と中国の米価

食管制度以来、農業団体は「米価を下げると農業依存度の高い主業農家が困る」と反論してきた。ならば現在の1万4000円から価格が下がった分の約8割を彼らに補てんすればよい。流通量700万トンのうち主業農家のシェアは4割なので約1600億円ですむ。これは生産調整カルテルに参加させるため農家に払っている補助金と同額である。

主な所得を農外から得ている兼業農家も主業農家に農地を貸せば現在年10万円程度の農業所得を上回る地代収入が得られる。主業農家の規模が拡大してコストが下がれば、受け取る地代も増加する。

財政的な負担は変わらない上、価格低下で消費者はメリットを受ける。さらに、日本の人口は減少するが世界の人口は増加する。これまで国内需要にしか目を向けてこなかったことが農業のじり貧を招いたが、需要先を海外にも広げるのである。価格が安くなったコメを日本が400万トン輸出したとしても中国の穀物需要の1%にすぎない。食糧危機が生じた際には、輸出していたコメを国内に向けて飢えをしのげばよい。

大正時代米騒動を起こしたのも、戦後タケノコ生活で飢えをしのいだのも、消費者であり、食糧安全保障は本来消費者の主張である。食料の供給を制限し、高い価格により消費者家計を圧迫する政策は食糧安全保障と相いれない。

自給率39%とは61%の食料を国際市場で調達し、食料輸入途上国の飢餓を増幅させていることにほかならない。EUも生産調整を廃止しようとしている。筆者は数年前からコメの生産調整廃止を主張してきたが、農政は抜本改革に後ろ向きだった。政府首脳からも減反見直しを示唆する意見が出ているこの時期こそ、戦後の消費者負担型農政から脱却し、輸出によって農業を縮小から拡大に転じる好機である。これこそが、日本が食糧難時代に行える国際貢献であり、かつ日本の食糧安全保障につながる政策である。

2008年6月10日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2008年6月19日掲載

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