WTO農業交渉 高価格の農産品を抱える日本の弱み

山下 一仁
上席研究員

ガット・ウルグアイ・ラウンドの結果、関税化(輸入数量制限を関税に替える)や関税引き下げによる水際の市場アクセスの改善に加え、貿易に影響を与える国内の農業補助金や輸出補助金の削減についてもWTO(世界貿易機関)が規律することとなった。現在のドーハ・ラウンドも、市場アクセス、国内補助金、輸出補助金の3分野の保護をさらに縮小する方向で交渉されている(表1)。

表1 WTO農業交渉のポイント

輸出国が市場開放を迫る一方、輸入国が自国の農業を守ろうとすることは当然であるが、各国の交渉ポジションはそれぞれの農業政策を反映している。

アメリカは1960年代に関税や価格支持による保護から財政による保護(農家への補助金・直接支払い)に転換した。ウルグアイ・ラウンドでアメリカから攻められたEUも、関税引き下げや輸出補助金削減に対応できるよう、92年以降穀物などの価格を大幅に引き下げ、農家に対する直接支払いによって補うという改革を行った。

これに対し、日本は農産物価格を高く維持して、消費者負担で農業を保護するという関税依存型の農政を続けている。図1は、WTO農業交渉における、日、米、EU、途上国間の攻防図であるが、その交渉状況を見てみよう。

図1 WTO農業交渉の構図

(1)市場アクセス
ほとんどの主要国が100%程度を天井とする上限関税率の設定を認めている。EUは、上限関税率を認める一方で、関税引き下げに抵抗している。EUの農産品は現在、関税率が一番高いものでも200%程度であり、大幅な削減、たとえば「関税80%削減」で合意すれば、この農産品の関税率は40%になってしまう。上限関税率の100%の水準を大きく下回ることを警戒しているわけだ。逆に極めて高い関税を持つ日本の場合(図2)、米の関税率は778%で、80%削減しても156%である。上限関税率を認めたら、これが100%になってしまうので反対している。
関税引き下げに関しては高い関税の品目には高い削減率を課すという方式が合意されている。高関税品目の多い日本はできる限り多くの品目についてこの例外扱いを求めている。

図2 日本の高関税の農産品

(2)国内補助金
アメリカの弱点は農家に約束した保証価格と市場価格の差を補填する不足払いという補助金である。EUから攻められたアメリカは、2005年10月譲歩提案を行い、逆にEUに関税を引き下げるよう攻勢をかけている。

(3)輸出補助金
EUの輸出補助金、アメリカの780日を越える輸出信用等の撤廃で合意している。

コメの「例外要求」は代償が必要

05年末のWTO香港閣僚会議は、関税引き下げを巡るアメリカ・EUの対立から、ほとんどの争点について06年4月末まで先送りした。

アメリカ政府の補助金削減提案は次期農業法を先取りするものであるが、アメリカ政府が補助金削減に反対する有力農業議員を押し切るためには、海外市場の大幅なアクセス改善を勝ち取ったことを示す必要がある。日本やEUに対し関税の引き下げ等を強く迫る理由はここにある。

しかし、財政による農業保護に転換しているアメリカとEUの距離は見た目ほど大きなものではなく、また、アメリカにも関税による保護の必要な品目があるため、関税引き下げの幅や実施期間などで調整が行なわれれば、交渉は進展する可能性がある。このとき、直接支払いに転換しない日本が、コメなどの産品で上限関税率や関税引き下げの例外を求めるとすれば、代償として低税率の関税割当数量(一定の輸入数量の枠内に限り、低税率の関税を適用する)の拡大が求められる。

2006年2月13日号『週刊エコノミスト』に掲載

2006年2月15日掲載

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