わが国の農産物価格は高い関税によって海外の安い農産物から守られている。米で800%の関税、ということは米価は国際価格の9倍だということだ。国内の価格を引き下げなければ、世界貿易機関(WTO)交渉で関税も引き下げられない。
初めて破った壁
先月末、政府は、農家への保証価格と国内の市場価格との差を補填するため、麦や大豆に出されている補助金をWTOで削減しなくてもよい補助金である「直接支払い」に転換することとし、その対象農家を一定規模以上の担い手に限定して構造改革を推進するという農政改革を決定した。この改革は高く評価すべきものだ。
圧倒的多数を占める零細な兼業農家に支持されてきた農協が、農業だけで生計を立てようとする担い手に政策対象を限定することを「選別政策」と称して半世紀も反対し続けてきたからだ。農政は初めてその壁を突き破ったといえる。
また、欧州連合(EU)は価格を大幅に引き下げ、農家に対する直接支払いで補うという農政改革を行っている。価格が下がるので、EUは農産物の関税を今回のWTO交渉で上限(上限関税率)となろうとしている100%まで引き下げることが可能だ。
しかし、農政改革を行なったのに、なぜ日本はWTO交渉で関税の大幅な引き下げや上限関税率の受入れが困難なのだろうか。
それは、EUと違い、コメを含め、関税や価格の引き下げに対応するための直接支払いが実施されないからだ。米価を下げれば、コストの高い零細な兼業農家は農地を貸し出している。担い手に対して地代負担を軽減する効果を持つ直接支払いを交付すれば、農地は担い手に集まり、規模拡大によるコスト・ダウンが進み、価格はさらに下がる。
コメだけでなく、他の農産物についても、価格を下げなければ、改革の効果も不十分になるうえ、WTO交渉にも対応できない。ここでも高い農産物価格を維持して肥料、農薬、機械を農家に高く販売したい農協の抵抗がある。
得意分野で有利に
米国、EU、ブラジルなどほとんどの国が100%の上限関税率の設定に合意している。認められる例外も関税の削減率についてのもので、上限関税率の例外ではない。先んじて農政改革を行っているEUでさえ、関税をさらに引き下げるよう求められている。この中で、上限関税率反対を主張する日本は交渉の輪から外れている。
農業を保護することと、どのような手段で保護するかは別の問題だ。関税や価格はあくまで手段にすぎない。日本が米国やEUの農政に転換すれば、関税引き下げにも対応でき、農業分野でも日本の得意とする他の分野でも攻めの交渉ができる。
1兆円の財政負担が必要だとしても、現在高い価格で消費者が負担している額は4兆円ほどなので、国民経済の負担は軽減される。農林水産省も必要なものは堂々と主張すべきだ。農業団体に配慮し、ウルグアイ・ラウンドのようにコメだけ上限関税率の例外にすることも考えられるが、これでは米価は下がらず構造改革につながらないうえ、代償として低税率での輸入枠の拡大が要求されるので食糧自給率も下がってしまう。
WTO交渉で消極的な対応を行い、農業のさらなる衰退を招くのか、あるいは、農業も守り、消費者に安い食料を供給するとともに、通商国家としてのリーダーシップを発揮するという大きな国家戦略に立つのか。中川昭一農林水産相、小泉純一郎首相の政治的リーダーシップに期待したい。
2005年11月28日付『フジサンケイビジネスアイ』に掲載