高米価が維持されて零細な兼業農家が滞留
1961年に作られた農業基本法は、零細な農業規模を拡大しコストダウンを図ることによって農家所得を向上させようとした。所得は売上額(価格×生産量)からコストを引いたものだ。消費や売上額の伸びが期待できない米でも、コストを下げれば農家所得を向上できるはずだった。
しかし、実際の農政は農家所得向上のため米価を上げた。食管法が95年廃止された後でも、生産調整というカルテルにより米価は維持されている。高米価で零細な兼業農家が滞留した結果、食料供給の主体となるべき規模の大きい企業的農家の育成は妨げられ、農業の構造改革は失敗した。アメリカの200ヘクタールに比べ、日本の平均農家規模は40年かけて0.9ヘクタールが1.2ヘクタールになっただけだ。特に米の構造改革が遅れた。53年まで国際価格より安かった米は、いまでは500%の関税で保護されているし、主業農家の生産シェアは、麦74%、野菜83%、牛乳96%に対し、米は37%にすぎない。40年間でGDPに占める農業の割合は9%から1%に、65歳以上の高齢農業者の比率は1割から6割へ上昇するなど、農業は衰退した。
我が国の農業保護の水準はアメリカと同程度、EUの3分の1程度に過ぎない。しかし、アメリカやEUのように財政による農家への直接補助ではなく、関税で維持される高い価格によって農業を保護しているため、外国からは関税引下げに最も抵抗する農業保護国と批判され、国内では農業のためにWTO・FTA交渉が進まず国益が損なわれていると批判されている。
生産調整を廃止して高米価を引き下げろとともに、主業農家にのみ財政による直接補助を行えば、農地は零細兼業農家から主業農家に移転して規模拡大・コストダウンがさらに進み、関税引き下げにも対応できる。しかし、価格の引き下げ、政策対象農家の限定のいずれにも強い反対がある。
組織防衛を図るJA農協が農業を衰退させた
JAは、全農家を加入させ、資材購入、農産物販売、信用(金融)事業など農業・農村の諸事業を総合的に行っていた戦時中の統制団体を、食糧供出のため政府が農協に衣替えさせたという経緯を持つ世界でもまれな総合農協である。
農家の過半は米作農家だったので、米価引上げがJA農政活動の中心となった。JAにとっても、米価を高くすると、販売手数料収入も高くなるし、農家に化学肥料、農薬等の資材を高く多く売れる。60年以降化学肥料、農薬の使用量は著しく増加した。本来、協同組合による資材の共同購入は、市場での交渉力を高めて組合員に資材を安く売るためのものだが、組合員に高く売るほうがJA組織にとっての利益になる。また、高い米代金が農協口座に振り込まれるので農協の預金額も増加する。肥料価格を高くすれば肥料産業に貸し付けた農協預金の利回りも高くなる。農業が衰退する一方、高米価のもとで、JAは、資材・農産物販売、金融という総合性を発揮して発展した。
週末しか農業をしない兼業農家は、低コスト生産や有利な販売を考える企業者ではなく、単なる生産者である。兼業農家にとって、生産資材をフル・セットで供給し、生産物も一括販売してくれるJAは好都合な存在だった。農協法の組合員一人一票制のもとでは数のうえで圧倒的な兼業農家の声がJA運営に反映されやすいし、少数の主業農家ではなく多数の兼業農家を維持する方がJAにとって政治力維持につながる。このため、JAは自らの経営・組織の効率化のためには合併で規模拡大してきたにもかかわらず、企業的な主業農家を育成し農業の規模拡大を図るという構造改革には農業基本法以来一貫して反対した。
企業的農業者が自ら農協を組織して構造改革を
日本の農地改革、国鉄改革、金融ビッグバン、ニュージーランドやEUの農業改革等成功した構造改革には、(1)強い政治的リーダーシィップ、(2)改革の必要性、重要性、緊急性についての国民の理解と支持、(3)改革される部門の中に改革支持グループが存在するという共通の特徴がある。
JAの中にも、主業農家を積極的に育成したり、主業農家と兼業農家を同じように扱うべきではないという組合長も出てきた。数年前には高い資材価格に抗議した元JA農協幹部が独自の農協を北海道で設立し、韓国から国内の3分の2の価格で肥料を輸入している。2003年には、全国約40の農業法人が中小企業等協同組合法に基づく農業の(事業)協同組合を設立している。
衰退する農業のなかでも、販売額1億円以上の農家は約2000戸もあるなどサクセス・ストーリーは少なくない。かれらの多くは、JAに頼らず、安いところから資材を購入し自ら販路を開拓し消費者ニーズに応えようとする “考える企業者”である。これまでJAからは正当に扱われず独自の道を歩まざるを得なかったこれら企業的農業者による農協をJAとは別個に設立し、改革支持グループの経済的・政治的な連合を作ってはどうだろうか。零細農家を相手にする非効率なJAの農業関連事業は大幅な赤字であり、信用事業、特に農林中金の国際業務の利益で埋め合わせているのが現状だ。JAが農業関連事業を切り捨て信用事業に特化していき、農業本来の事業は企業的農業者が自発的に組織した農協によって実施されるようになるとき、農業構造改革の機が熟すのではないだろうか。
2005年9月20日号『経済界』に掲載