EUの農村活性化政策に学ぶ

山下 一仁
上席研究員

美しい農村景観

ヨーロッパ、とりわけドイツやオーストリアを旅行すると感心することがある。村が大変きれいであるということである。まず、農村集落の建物が一箇所に集中し、その周辺に農地が展開している。日本のように農地の中に家が混在することはない。また、家の屋根や壁の色も統一され調和がとれている。

これは土地利用規制、ゾーニングと土地利用計画が確立されているからである。市場経済に土地利用を委ねる場合では、都市地域と農業地域のいずれの地域にも農地、住宅地、工場用地が混在することとなる。農業サイドではまとまりのある農地の中に建物が出来ると、機械や水の利用の非効率性が発生したり、施肥、農薬散布、家畜飼養等をめぐる他の住民とのトラブルが発生したりするなど農業生産のコストが増大してしまう。他方、都市的利用を行うサイドでも、道路、下水道、学校等の社会資本を効率的・集中的に整備できなくなってしまい、社会的費用が増大することになる。また、このような農業的利用と都市的利用の混在は景観を大きく損なう。我が国でも都市のスプロール現象による道路、下水道、学校等のための公共投資の非効率化、環境悪化等に対処するため、建設省は1968年都市計画法を制定し、市街化区域、市街化調整区域の区分を行った。1年遅れて農林省は農振法を成立させ、農振法により指定された農用地区域では転用が認められないこととした。しかし、いずれも十分に運用されていない。

ドイツでは、自分の土地でも土地利用計画がなければ開発できない。日本と異なり土地について建設不自由の原則が確立している。農地は計画が立てられない限り保全される。計画なければ開発なしという原則が確立されているのである。ドイツの農村と日本の農村の景観の違いはゾーニングや土地利用計画の違いによるところが大きい。農家民宿やグリーン・ツーリズムといっても、景観の悪いところには、客は来たがらない。

国民全体が共有する価値である食料安全保障や水資源の涵養など多面的機能の維持のためにも、農地資源の確保が必要である。また、そのためのゾーニングや土地利用計画は良好な景観という地域的な多面的機能の維持にも貢献する。ゾーニングによる農地資源の確保は多面的な効果を発揮するのである。

EUの農業・農村政策の構造

EUの農業政策が域内統一の共通農業政策であることはよく知られている。共通市場である限り、農業保護が各国で異なれば農産物の競争条件が各国で異なってしまう。したがって、農産物の価格支持や農家への補助金はEU域内で統一されたものでなければならない。

しかし、この域内統一の原則はEU全体の政策原理からするとやや異質なものである。EU全体の政策原理は補完性(サブシディアリティ)の原則といわれる。政策は各国の地方・中央政府がまず行い、それでは充分効果的に機能しない場合に限ってEUが初めて乗り出して政策を実行するというものである。EUでは単一市場への移行や通貨統合など経済・政治統合が深化する一方、当初6カ国でスタートしたものが現在では25カ国に拡大している。このため、自分達が選挙で選出したわけではないブラッセルの欧州委員会の官僚たちによって支配されるのではないかという不安が高まった。いわゆる民主主義の赤字といわれる問題である。このため、まず政策は自分達が選挙で選出した各国政府が実施するという原則が作られた。

農村振興政策にも当然この原則が適用される。というより、補完性の原則こそがふさわしい分野である。食料政策、農産物価格政策などEU全体で統一的に実施しなければならない政策はブラッセルの欧州委員会で企画・立案されるが、農村振興政策は基本的には各国の地方・中央政府に任される。条件不利地域の直接支払いや環境直接支払いはその中間的なものである。これが農家への補助金である以上、各国毎に政策に著しい違いがあれば、農産物の競争条件を歪める可能性がある。他方、これらは農村振興とも密接に関連する政策である。このため、EUは大まかな規則を制定し、その枠内で各国は具体的な政策を企画・立案し、EUの承認を受けて実施することとされている。

地域振興の指導原理

このような政策構造には合理性がある。地域にはそれぞれ固有の事情や資源がある。農業の比重の大きい地域、小さい地域、自然や旧跡などの観光資源に恵まれている地域、高齢化が振興している地域、都市に近い地域、それぞれの地域に異なった政策ニーズがあり、対応も異なるはずである。したがって、国全体として取り組まなければならない食料政策等については、国が責任をもって実施し、それを前提として、それぞれの地域がそれぞれのニーズに合った政策を実施すべきである。地域の政策について、国は関与してはならない。財政的な支援を行なう場合でも、政策を特定せず、一括交付(ランプサム・ペイメント)すべきである。それによって地域が自分の判断で最適な政策を選択する場合に、地域の経済厚生水準が最も大きくなることは、経済学の教えるところである。

もちろん地方自治体も、自分達の裁量で実施できるからといって、無原則に手当たり次第に政策を実施するのであれば、農村振興は実現できないだろう。これまでは国の補助金政策のもとで国の補助金実施要領どおりに政策を実施すればよかった。また、「隣の村がやっているからうちも」という横並び意識も強かった。失敗してもそれで免責されたこともあっただろう。しかし、今後は自己責任や独創性の発揮による政策実施が求められるようになる。住民の自治体職員に対する要求・監視も厳しくなる。国や県がこうしろと指導したからという言い訳は通用しなくなる。

そのためには、まず、地域の自然・経済・社会的な条件や資源を客観的に洗い出し、分析する必要がある。どのような意思決定でも制約がなく行なわれるものはない。地元に全く観光資源がないにもかかわらず、観光による地域振興を目指せば失敗するだろう。他方、資源は幅広く拾っていく必要がある。廃校になった校舎や過去の補助事業で作られたハコモノを地域振興に役立て成功した例もある。既にあるものを最大限有効に活用するという考えが必要である。

そのうえで、政策ニーズ・目的に対する優先付けを行なうべきである。優先順位の高い目的から、それを達成するためにはどのような政策手段を講じたら最も効果的であるかが検討されるべきである。通常ある目的に対しては複数の政策手段が考えられる。そのなかで、資源や条件を勘案して、どれが最も効率的、効果的に目的、目標を達成できるかを検討するのである。例えば、洪水防止のために、森林や水田の管理が必要だとしよう。そこに健全な集落が存在すれば、その集落による保全活動に助成することが効率的だろう。しかし、そのような条件がないときに、無理やり定住化政策を実施するとすれば、家屋や道路などの整備に多くのコストが必要になる。その場合は、人を雇用し保全活動を実施した方が効率的だろう。もし、最小費用の政策手段を講じても、それを上回る便益が実現できないのであれば、その政策は実施すべきではない。

パートナーシィップの模索

その際、隣接する自治体との連携(パートナーシィップ)を検討すべきである。ある施設や職員を各自治体がそれぞれ持つよりも、共有した方がコストは軽減できる。各自治体でそれぞれが同じ農業施設を建設したところ、また、“能”による地域起こしのため地域内の全市町村が能舞台を設置したところ、稼働率が低く採算割れになった例もある。地域内の自治体がそれぞれの地域資源を有効に組合せながら、地域起こしをすることも必要だろう。少なくとも、ある自治体がグリーン・ツーリズムを実施するかたわら、隣の自治体が噴煙の上がる工業を誘致するといった事態は避けるべきである。やや広域的な地域(リージョン)として地域振興を構想すべきであるということである。

さらに、政策形成の過程から実施に至るまで、パートナーシィップを、自治体だけではなく、民間非営利組織(NPO)、民間企業、集落組織などにも及ぼすことが、地域資源の有効活用、効果的・効率的な政策手段の開発・活用に有効である。

逆に、いわゆる多面的機能と言われているものの多くは、その便益が当該地域の住民のみに及ぶ地域限定的あるいは完結的なローカルなものが少なくない。そういったケースでは、各地域の多面的機能ごとに、政策の便益がコストを上回るかどうか、住民負担を求めるべきではないのかを吟味することも必要である。

2005年8月25日号『週刊農林』に掲載

2005年9月1日掲載

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