本年度から5年間の農政の基本方向を示す「食料・農業・農村基本計画」は、国際化時代に対応した農業の構造改革を進める方針を打ち出した。
その背景には、1960年から40年間で、国内総生産(GDP)に占める農業の割合が9%から1%に減少し、逆に65歳以上の高齢農業者の比率が1割から6割へ上昇するなど、農業の衰退に歯止めをかけられない事情がある。
また、200%を超える高関税で保護されているコメ、小麦、乳製品等の農産物の関税が、WTO(世界貿易機関)やFTA(2国間の自由貿易協定)での貿易自由化交渉で引き下げられた場合、国内農産物の価格を引き下げなければ、安くなった輸入農産物に負けてしまう事情もある。
政府が価格を高くすれば、生産が増えて貿易に悪影響を与える。所得を維持したいのであれば、生産や価格と関連しない直接支払い(農家への補助金)で行なうべきだというのが、WTOの考え方である。すでにアメリカやEUは、農産物価格を引き下げ、これによる農家所得の減少を直接支払いで補うという政策に変更している。
価格による保護は、所得の高い農家にも低い農家にも等しく効果が及ぶ。これに対し、直接支払いは、農家の所得補償が目的なら所得の低い人だけに、構造改革が目的なら担い手農家だけに交付するというように、政策対象を絞って効果的に助成できる。
しかし基本計画は、一部の農産物について出している価格に関係した補助金を、直接支払いに変更するのにとどまった。構造改革の最も遅れたコメをはじめ、農産物の関税や価格の引き下げができるようにするための直接支払いに関しては、WTO交渉で関税引き下げが先送りされたので見送るとし、直接支払いの対象者も明確にしないで地域の実情を十分勘案するという不十分な内容となった。
価格引き下げと農政の対象者の限定は、農協が反対してきたことである。
旧食糧管理制度の下での米価引き上げで、1953年までは国際価格より低かったコメは、今では490%の関税で守られている。
コメ農家の9割は、平日は企業などに勤務し、合間に農業を営む兼業農家である。米価が高ければ、生産コストの高い零細な兼業農家も町で高いコメを買うより自分で作るほうが安上がりなので、農業を続ける。農協も、農家に農薬や肥料を高く多く売れる。
高米価で兼業農家が残留したため、農業で生計を立てる専業農家が農地を買ったり借りたりして規模を拡大し、コストを下げて所得を上げることは困難になった。
価格を下げ、食料生産の担い手である一定規模以上の専業農家に直接支払いの対象を限定すれば、農地は専業農家に集まり構造改革は進む。しかし、対象の限定という直接支払いの最大のメリットは、兼業農家に依存する農協には最大のデメリットとなる。
今回も農協は、対象を専業農家に限定することに反対している。専業農家がいない水田集落がかなりあるという理由だが、専業農家が育たないようにしたのは誰なのだろうか。専業農家がいないから対象としないのではなく、専業農家を育成するのが政策だ。
兼業農家も含めた護送船団方式をとり続けるのか。企業的な農家を育てるのか。座して日本農業の衰亡を待つよりは、直接支払いによる構造改革、農業再生に賭けてみてはどうだろうか。
2005年6月3日 読売新聞「論点」に掲載