戦後農業交渉の流れと新たな展開方向を分析
遠藤保雄著『戦後国際農業交渉の史的考察』2004年11月御茶の水書房

山下 一仁
上席研究員

筆者の遠藤保雄氏は、日米農産物交渉の中でも最も重要かつ難航した牛肉・かんきつ交渉に在ワシントン日本大使館参事官として関与するなど、戦後の重要な農業交渉に直接かかわった農林水産省有数の国際派官僚である。アメリカ農業政策の形成過程を至近距離でフォローした氏のアメリカ農業交渉戦略についての分析、現在のFAO日本事務所長としての知識に基づく世界各国、特にアメリカ、EUのみならず今次WTO交渉で重要性を増している途上国の農産物貿易に関する利害関係の分析は、極めて示唆に富むものだろう。

交渉には連続と不連続がある。今次交渉で目立つのは、ウルグァイ・ラウンドとの類似性、連続性である。ウルグァイ・ラウンドの立上げに数年かかったように、今回もシアトルからドーハまでラウンドの立上げに時間を必要とした。モントリオール中間閣僚会議の失敗が事務的に調整されたように、カンクン閣僚会議の失敗も枠組み合意の形で事務的に調整された。実体面では、筆者が強調しているように、ウルグァイ・ラウンド交渉で単なる「関税引下げ交渉」から「農政改革交渉」に変化し、その流れが継続・加速化していることである。今後の交渉を見通す上で過去の交渉史の理解は不可欠である。

他方、不連続を理解するには、歴史とともに現実に生起している問題についての冷静かつ包括的な分析が必要である。アメリカとEUが合意すれば終了したこれまでの交渉と違い、今回の交渉ではアメリカとEUの合意にもかかわらず、途上国の反対によりカンクン閣僚会議は決裂した。筆者は、その背景にある各国の利害関係を次のように分析している。競争力の面でブラジル等に追い上げられているアメリカは、途上国市場を含め自国農産物のアクセス拡大を求める。EU拡大と財政的な制約に直面したEUは農政改革を行い域内価格水準を下げざるをえない。両国とも関税依存度を下げている。中国等途上国の多くは、コメ等農産物輸出拡大のため先進国に市場アクセスや農業保護削減を求めるとともに、国内の脆弱な農業部門の保護のため特別かつ異なる待遇を求める。

これに対し、関税に引き続き依存している日本は、関税等の市場アクセスには消極的な立場をとらざるをえず、交渉から孤立し交渉のコアグループから排除された。途上国も輸入国なので日本の立場を理解してくれるはずだという対応は、先進国市場へのアクセス拡大を求める途上国の利害を読み違えた結果だ。筆者が主張するように関税依存の農政から構造調整助長型の直接支払いにシフトしなければ、今後日本が交渉に積極的に関与していくことは困難だろう。

2005年『農業と経済6月号』に掲載

2005年6月1日掲載

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