石破氏「らしくなさ」の敗北

山下 一仁
上席研究員(特任)

筆者が農林水産省に勤務していたころから、石破茂氏とは30年以上の付き合いだ。その石破氏が首相として臨んだ衆院選で自民党が大敗した。

自民党の選挙のプロは早々に総選挙をして、石破氏の人気、野党間の候補者調整の時間のなさを利用すれば、政治とカネの逆風の中でも成算があると判断した。しかし、予想以上の国民の反発を受けて一部議員を非公認としたが、投票直前に非公認候補の党支部に2千万円を支給したことが報道された。自民党は終始受け身だった。

石破氏なら勝てると思った自民党は国民感情を読み違えた。同氏に人気が集まったのは、彼が政策を勉強し体制に抗して正論を主張する政治家だと、国民が思っていたからだ。それなのに、石破氏は国会で十分な議論を尽くした後に総選挙を行うという総裁選での主張と反対のことを行わされた。政策についても、総裁選での個人の意見は党の主張とは別だとして総選挙では取り上げなかった。

コメ不足の中で総裁選では減反廃止・直接支払いを主張しながら、総選挙の農政公約は古い自民党のままだった。この1カ月ほど国民は石破茂氏「らしくない」政治家を見てきた。総裁選で氏に一票を投じた党員のために、自身の政策を党の政策としてから総選挙を戦うべきだった。

小泉純一郎氏は党内でほとんど支持のない郵政民営化を掲げて戦った。これに対して、石破氏は国民に正論を実行できない政治家と映ったかもしれない。「勇気と真心をもって真実を語る」という、石破氏が尊敬する渡辺美智雄氏の言葉に沿った行動をとる前に国民の審判を下された。

信じる政策を実現するために総理になるというのが信念ではなかったか。次にチャンスがあるなら、ぶれずに信念を貫いてほしい。

2024年11月1日 日本経済新聞(夕刊)「十字路」に掲載

2024年11月8日掲載

この著者の記事