EUと農民デモ

山下 一仁
上席研究員(特任)

欧州連合(EU)各地で幹線道路をトラクターで封鎖するなどの農民デモが発生している。抗議の主な対象は、2050年までに温暖化ガス排出ゼロを目指すEUの施策である。農業については30年までに肥料を20%削減、化学農薬を50%削減、農地の25%を有機農業にするという。

ウルグアイ・ラウンド交渉の際、農民が牛を連れてEU本部のあるベルギー・ブリュッセルを占拠したように、このようなデモは珍しくない。なぜEU市民は農民デモに寛容なのだろうか。

EUの前身の欧州共同体(EC)の起源は1968年の関税同盟と共通農業政策だ。いわばドイツの工業とフランスの農業の結婚である。ドイツは欧州市場を独占できる関税同盟を欲し、フランスは強力な農業政策の確立を望んだ。東欧からの食料供給を断たれた西ドイツはフランス農業の発展を支持した。農業はEUの礎なのだ。

さらに、EUの加盟国が増えるとともにその権限が拡大するにつれ、市民が選んでいないブリュッセルのEU官僚に支配されたくないとする意見が強くなった。このため、EUは欧州議会の権限や各国政府の裁量範囲を拡大しているが、それでも英国自体の政策を講じられないという不満が高じたのがブレグジットだ。農民デモに市民が寛容な背景に、ブリュッセルで決められた政策に従わされることへの反発がある。

しかし、農民は反環境保護でも反EUでもない。農民の経営を考慮せず一方的に環境規制を押し付けられたことに反発しているのであって、地球温暖化や環境への対策が必要なことは理解している。また、EU農業の発展は共通農業政策のおかげであることも承知している。彼らがEU離脱を主張する極右政党に同調することはないだろう。

2024年3月13日 日本経済新聞(夕刊)「十字路」に掲載

2024年3月27日掲載

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