東京電力福島第1原子力発電所で貯蔵する処理水の海洋放出を受け、中国が日本産水産物の輸入を停止した。
世界貿易機関(WTO)の人・動植物の生命または健康を守る「衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)」は、食の安全性を理由として輸入制限を行う国に対し、特定の危害の摂取量と発病率(リスクの水準)の関係を科学的に明らかにすることを要求している。
1リットル当たり1500ベクレル未満に希釈し放出した処理水がさらに海洋で希釈されると、自然界にあるトリチウムと区別できなくなるとされる。
魚介類が摂取したトリチウム水のうち、どれだけが排出されないで生体に残るか。それを人が食べた場合、許容できるリスクの水準を超えることを中国は明らかにしなければならない。また、全ての日本産水産物を輸入停止する理由、日本より大量のトリチウムを排出している中国の原発周辺の水産物の流通を禁止しない理由などを説明しなければならない。
しかし、WTOに提訴しても決着まで数年もかかる。また、WTO提訴というガチンコ勝負に持ち込めば、中国も引っ込みがつかなくなる。
訴えないでも、WTOで負けるとメンツがつぶれると説得できる。中国は包括的・先進的環太平洋経済連携協定(CPTPP)へ加入申請している。認めるかどうかは日本を含む既加盟国の判断だ。WTOルールに違反し、自ら加入へのハードルを高めなくてもよいと説得もできる。
国際社会は日本産水産物を危険視していないことを示すなどで、中国が政策変更をしやすくなるような環境整備を行えば、ほとぼりが冷めたころ中国は目立たない形で輸入停止を解除するのではないだろうか。日本には「急がば回れ」ということわざがある。
2023年9月22日 日本経済新聞(夕刊)「十字路」に掲載