農政改革による食料自給率向上戦略(その2)―農地資源の確保とWTO交渉対応―

山下 一仁
上席研究員

ゾーニングの確立

元農林事務次官小倉武一によるとかつては公職選挙法、食糧管理法、農地法が日本三大ザル法と呼ばれたそうである。同東畑四郎は農振法もザル法と呼んだ。農地法による転用規制、農振法によるゾーニングは適切に運用されず、大きな転用利益を生んだ。農地面積は61年に609万haのピークに達した後減少を続け、100万haが造成された一方、農地改革で小作人に開放した194万haを上回る230万haが転用・かい廃された。対外的には食料安全保障の主張を行いながら国内ではそれに不可欠な農地資源の減少に有効な政策を講じなかった。

経済成長の過程で農業が産業としての位置付けを大きく低下させた一方で、皮肉にも経済成長による地価上昇により最も利益を得たのは土地を生産要素として使用し、したがって最も多く土地を有し売却できた農家という階層だった。しかし、新基本法で食料自給率目標設定を求めた農業界が真摯に食料安全保障の主張を行うならゾーニング規制の徹底、優良農地の確保に反対できないはずだ。

農地は農業者個人のものではない。国民、民族の存立の基礎である。これまで農家は補助金、税制等さまざまな優遇措置を受けてきた。国民・消費者に食料安全保障、多面的機能の供給等の責務を果たすときが来ているように思われる。

農地利用義務の確立

同時に食料自給率向上のためにはその農地を農地として有効に利用するための政策がなければならない。農地を農地として耕作するからこそ農地改革も行われたのであり、「耕作者の農地の取得を促進し、及びその権利を保護」(農地法第一条)する必要があったのではないか。権利は義務を伴う。農地を農地として利用しない場合は、市町村が強制的に収用し、他の農業者に利用権を設定すること等が考えられる。農業経営基盤強化促進法第27条(遊休農地についての措置)および農振法第5章(特定利用権)にはこの旨の規定があるが、現実には活用されておらず、空文となっている。

このような規制的方法の実施が難しいのであれば、あわせて環境分野で提案されているような税による経済的な強制を加えることも考えられる。地価が急騰していた時期、投機目的で土地を保有することを抑制するため特別土地保有税が導入された。これは土地を建物等のために利用せず、いつでも転売できるよう更地としておくことを抑制するためだった。農地を農地として利用しないことに対する農業版特別土地保有税の導入が検討されてよい。

株式会社の参入

農地改革担当課長の小倉武一の言を引こう。「農地改革は日本近代の後半において小作立法や自作農創設の拡充に努めた当時の人々の夢が100パーセント以上実現したのである。しかし、それは次代の夢(企業的経営の開花の夢や協同経営への道の夢)を育むものではなかった。農地改革の成果の上に立って長期的展望の可能な農業経営体への道が拓かれてもよかった筈だと後世は考えるかもしれないが、(農地法を立案した)当事者は成果の維持しか考えなかった。それは(個別の家族農家、個別の農民的土地所有、自家労働中心の農業経営主体という)三位一体の農民的土地所有の維持だった」。

それだけではない。農地改革においても自作農創設は耕作権安定の一手段であって目的ではなかった。しかし、農地法案作成の最終段階で当時の農林事務次官が目的規定のなかに「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて」というフレーズを書き入れてしまった。以降、所有、経営、労働の一致した三位一体的性格の自作農(今村奈良臣)の維持・安定が農地制度の究極の目的と化してしまう。自作農主義である。ある農地制度担当者は「自作農主義は『目的ではなく手段である』ということを何度となくみずからいいきかせているつもりなのだが、ひとたび自作農主義と称されたとたん、自作農なるものが農民の理想像であり、自作農たることが政策の最終目標であるような錯覚がうまれてくるのである」と述べている。(中江淳一)

農業生産法人も自作農の延長という性格のものしか認めていない。一般の株式会社は農地の転用や耕作放棄を行うというのが農業界の主張である。しかし、確固たるゾーニングが確立されるならば、株式会社の参入に反対する理由はどこにあるのだろうか。不十分なゾーニングの下で大量の農地が農家によって転用・耕作放棄された。農地の番人たるべき農業委員会が十分機能したともいえないし、農地売却の代金について食料安全保障を主張する農協が預金受け入れを拒否したという話も聞かない。ゾーニングにも株式会社の参入にも反対というのは、表で食料安全保障の看板を掲げながら裏では引き続き自分達だけに農地の転用売却を続けさせろとしか素人には聞こえないのだがどうだろうか。既に養豚等土地利用型でない農業では株式会社が活動している。株式会社の参入は農業の担い手を増やし、食料安全保障にも資するのではないか。

また、反対論の論拠に産業廃棄物の不法投棄が起きるというものもあるそうだ。経済政策の基本は問題の源に直接対処すべきというものであり、この問題には廃棄物処理法で産業廃棄物不法投棄のコスト(罰則)を高くすれば良い。農林水産省や農業団体はそのための運動を起こすべきだ。農地制度でも農地の利用義務を徹底すればよい。

小倉武一は「農本主義は生きている」(1967年)のなかで、株式会社参入反対に理由がありそうなものとして、(1)農地改革の基礎にあった「土地均分の思想」と(2)家族経営の維持ないし擁護との関係を挙げ、いずれも農本主義の系譜に属するとし、(1)は農業の構造改善と(2)は農業の近代化、企業化と矛盾すると述べている。制度的、理念的に株式会社が認められないというものではない。

食料自給率向上のため必要なWTO対応

ウルグァイ・ラウンドでは基準年である86~88年当時の輸入量が消費量の5%に満たない時は5%を、それを超える品目については当時の実輸入量をアクセス数量として設定することとされた。日本はコメ以外の品目については当時の実輸入量を約束した。日本の特徴はアクセス(関税割当)数量の大きさにある。麦については消費量の9割にも及ぶアクセスを設定している。このため、20%の拡大でも我が国にとっては大きな影響が生じる。特に、麦については消費量のすべてを輸入せざるをえなくなり、国内生産は不可能となる。自給率向上に貢献できる作物としては、麦、大豆、飼料作物等限られた作物しか期待できない。しかも、自給率を1%上げるために麦生産は99年の58万トンから100万トンへと1.7倍に拡大する必要がある。麦生産がゼロになれば自給率は逆に1%低下する。

対称的なのがアメリカ、EUだ。アメリカの国内消費量に対するアクセスは牛肉5.6%、乳製品、落花生、綿花各5.0%と低い。5%が20%拡大しても6%になるだけだ。EUはもっと低い。消費量の5%から基準年の輸入量を差し引いた量しか約束していない。牛肉は消費量の5%相当の37万トンに対し16万トン、チーズは、同21万トンに対し12万トン、小麦は同296万トンに対し30万トン(2002年関税引上げの代償として298万トンに修正)、豚肉にいたっては、消費量の約0.4%に過ぎない。このため、消費量の10%(一部品目は8%でよい)にアクセス数量を拡大するとした昨年3月のハービンソン議長案にアメリカ、EUは反対した。

アクセス数量については今後交渉されることになったが、日本はアクセスの一律拡大反対という否定的なポーズを採るのではなく、ハービンソン議長案を支持するという積極的な姿勢を採るべきだ。我が国にとってハービンソン議長案は(コメについても)問題ではない。ほとんどアクセスを認めていないアメリカ、EUのアクセス数量を消費量の5%以下から10%へと倍以上拡大することは先進国市場へのアクセスを求める途上国から積極的な支持が得られよう。

また、本来アクセス約束は“機会”(opportunities)の提供であって必ず輸入しなければならないものではない。しかし、日本では国家貿易制度により、国が輸入するのだから機会ではなく輸入義務(purchase commitment)であるという運用になっている。国家貿易制度を廃止し、輸入量を減少することも検討すべきであろう。

2004年10月5日号 『週刊農林』に掲載

2004年10月28日掲載

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